狂信的。気狂いとその信奉者で構成された犯罪なので信奉者が単独だったとしてもカルトに似ている。信奉者のその行動の始まりが例え娘を守るためだったとしても、だ。

とはいうものの、実は私は本作についてよく判らなかった。いや、話の展開とか登場人物の役割だとかは判っているよ、もちろん。ただ、「だから何?」という感じだったのだ。で、先日学生時代の友人に会った時に…同じキャンパスで同じ学部で過ごしたけれど私より全然頭が良くしかも語学の才能がある…本作の話になったのだが、彼女も全く判らなかった、と言っていた。なのでちょっと安心している。きっと彼女の「判らなかった」は心理的な様相や根本的な動機などのことを指しているのだろうけれど、まあそもそもこういう狂信的な犯罪には普通の人間に理解できるような動機なんて無い訳だし、そこを追いかけても詮無いこと。私はただ単に「判らなかった」の感情に共鳴させていただいた。

そしてここが問題なのだが、判らなかったけど面白かった、とはならなかったところ。もう少し庇い立てしていうと「すごく」面白かったとはならなかった。アメリカの郊外、娘の居る家庭で父親が一家を惨殺して自分も死ぬ、という不気味で残虐な連続殺人がおこるさなか、若い女性捜査員がその謎を解いていくというものなのだが、捜査過程の不穏さや不気味さはまだしも、謎が解けつつあるパートから徐々につまらなくなっていくという稀有なパターンである。捜査過程にしても、種々の前提があるにせよ、その女性捜査員だけが「あの家が怪しい」と察知できたり、それ程難しいように思えない(とは言っても自分でヤレと言われたら無理なんだけど)暗号が他の捜査員には解けないのに彼女だけに解けるというのもおかしな話だ。いやいやそれこそが狂気でありサイコなんですよ、サイコパスはシンクロニシティを産み出すものなのだから、と言われてしまえばそれまでなのだがやっぱり判らない。

それと、一番判らなかったのが、ニコラス・ケイジのあのメイクだ。あれは…彼は「ジョーカー」を狙っていた?…ではなく、狂気をメイクで表すのは少し凡庸な気がする。これはただ単にノーメイクのニコラス・ケイジの狂気の演技を見たい願望なのかもしれないが。
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