雰囲気のある伝記物。
ラヴェルの作った曲はよく知っているし、何曲も何度も聴いたことがあるけれど、その生涯については全く知識が無かった。だから、鑑賞後にWikipediaで生い立ちを調べてしまった。多少泥縄な感があるけれど、鑑賞中に何故?と思ったことについてある程度の解が得られたので、そこは調べて良かったと思う。調べてから観るか、観てから調べるか…これは好みの問題もあるだろう。個人的には「解が得られる」気持ち良さを得るという点で、後者を選択する私なのだ。
解、とか偉そうに書いたが、そんな物凄い謎が隠されていた訳ではない。私が後から知って納得したことはどれも些細なことである。例えば、若かりし頃のラヴェルの部屋に、帆船の模型や舵輪があったことに「あーそういう趣味なんだー」程度には鑑賞中に思ったのだが、Wikipediaで調べてみると、ラヴェルはフランスのバスク地方シブールで出生し、3ヶ月後には引越しをしたものの、同じくバスク地方のサン=ジャン=ド=リュズという海辺の街にて成人後は過ごすことが多かった、というもので、これらが海への憧憬を引き起こし、部屋の装飾にも影響していたのかなぁ、と思ったのである。(この生誕地と後に頻繁に訪れるサン=ジャン=ド=リュズがバスク地方であることと、ラヴェルの母親がバスク地方出身者であることが彼の音楽的な資質に影響を与えたと見る向きもある。)
それから、作品に挿入される「ローマ大賞」の件であるが…この音楽コンクールにラヴェルが何度もチャレンジして何度も落選…大賞が取れず時には予選落ち…したことについても、「ローマ大賞」の何たるかや、落選し続けたことに本人だけでなく周りも憤っていた事がなんとWikipediaで判ったりした。また、後年社交界で時々登場する批評家が、ラヴェルの作曲を悪様に論評するなどは実際にあった出来事なのだということも判った。実際にあった出来事といえば、第一次世界大戦に兵役志願して従軍したこと、その時に最愛の母親の死を迎えたこと、復員後創作意欲が低下していったこと、などがWikipediaにも書かれている。
一方で、晩年の彼の記憶障害やそれに伴う苦悩、手術を決意した経緯などは、映画では勿論触れられているけれど、何か曖昧な…というか、重きを置かれていない…感じだったと思う。
そう、この作品はつまり何というか…網羅的に全出来事が描かれてはいるものの、メリハリが無いのである。Wikipediaを見れば、もうそのものズバリ!ラヴェルの生涯を描いていたのだとも言えるし、ああこういう事があったからこういう風に描きたかったのね、と理解はするものの、尺の問題もあるからか、平板なのである。意外とドラマチックな人生のはずなのに、普通の…社交界では顔がきく普通の音楽家、といった感じ。だから毒のある言葉で言えば、そんな普通の人の伝記物なんて特別に胸を踊らされるはずもない。あ、全体を貫く雰囲気はあるんだけどね。
何なら本作で一番胸を踊らされたのは…本編が始まる前に、様々な人種、様々な楽器、様々なアレンジで「ボレロ」が演奏される様が繋がっていくのだが、その圧倒的な音楽性、単調であるが故のメロディラインの優位性が感じ取れる、あのオープニングであろう。ここが一番素晴らしかった…とは言い過ぎかもしれないけれど、必見なので劇場で観る時には遅刻は厳禁である。