完全に個人的な趣味として、トニー・レオンを愛でる、ただそれだけの目的で観に行った。トニー・レオンのスパイのコスプレを鑑賞した感じ。スパイといってもドンパチやるサスペンス・アクション形ではなく、そうね、これが本当の諜報活動ってヤツよね、と思えるような。つまり、情報戦もさることながら、人と人との交渉事が任務の多くを占めるような、そんなスパイのコスプレをトニー・レオンがしていたと思う。なんかあの三揃いのスーツがコスプレ感満載なのだ。そして、三揃いのスーツを着る男は信用してはならないというのが我が家の家訓である。いや、三揃い愛好家の皆様ごめんなさい。
というようなふざけた事を書く感じではない、本来は。満州事変の後に日本が中国本土での勢力を拡大し、1941年の太平洋戦争勃発まで至るのであるが、そのさなかの上海で諜報活動を行っていた男たちの越し方行く末の話なのである。ここでフー(トニー・レオン)は中国国民党のスパイとして活動するのであるが、中国国民党は当時日本の傀儡政党であると言われていたため、日本の為に働くスパイのように見える。彼の部下のイエ(ワン・イーボー)も同様である。だから作品の初めの方は少々混乱するのであるが、歴史的背景が判っていれば「でもだってトニー・レオンは中国人のはずなのに…」などという能天気な疑問は持たないはずだ。持たないはずなんだけど、私の中ではトニー・レオンは香港の産んだ最高傑作であるからして、その偏見がベースとなって、最初の方はフーの行動がよく理解できなかった。あまりにも有名な俳優トニー・レオンの存在が私の目を曇らせてしまったのである。作品タイトル「無名」は名もなきスパイという意味を持つのにね。
作品の構成として同じシークエンスが繰り返し登場する手法を用いているが、それによって混乱する部分とより判り易くなる部分とが共存したのでそこは興味深かった。同じ事何回もだり〜よ、といつもなら思ったりするのだが、これらの挿入が「伏線」というのとも微妙に違うんだけど、ラストの展開に繋がっていくのが上手い。もちろんラストはあっと言うような展開になるのだが、そこはね、…そこは私にはあまり驚きではなかった。
っていうか…ここから大いなるネタバレを前提とした感想なのだけれど、まあそうだよね、そうなるよね、というのが率直な思い。だってこれは中国の中国による中国のための作品なのだもの。そうならないはずがあろうか。
でもね、純粋にスパイであるなら、いわゆる「モグラ」とか「二重スパイ」とかは「ある」話なのでいいんだけど、何故かそういうのとも違って、フーたちは単に機を見るに敏なだけなのではないか?とあざとさを感じてしまったのだ。元々最初からそうであったという設定で、国威高揚、政府礼賛に繋がるべくの部分が透けて見えるが、結構取ってつけたような、変わり身が早いと思わせてしまうような、そんな結末だったのである。ほらね、やっぱり三揃いのスーツを着る男は信用ならない。