コンペティション作品。日本映画。本作は第36回東京国際映画祭で最優秀監督賞と観客賞とを受賞している。
ちなみに東京国際映画祭コンペティション部門では、東京グランプリの作品は大したことがなくて観客賞の作品は素晴らしい作品が多い、というのが10年以上東京国際映画祭を鑑賞している私の所見である。あくまでも私の個人的見解であるが。観客の目とプロ(審査員)の目は異なるということなのか。私の志向が観客寄りであって、プロ寄りとは程遠いということなのか。それはどちらかは今もって判らないけれど、ともかく観客賞を受賞する作品には良い作品が多いと思う。
本作は、「多様性」を乱発する現代の世であっても、いやそういう風潮の世の中だからこそ、生きにくい世界と生きることを許容されていると感じる世界との境界について問いかけている。生きづらいということはしばしば居場所がないことと同義である。だが、乗り越えなければならないことなんて本来はそうそう無くて、そう努力しなくても良い社会の到来を待ちわびているかのようだ。だが、まだまだその世界への到達まで至らず、誰しもが思わぬ所で足元をすくわれる。
「地球」ではなく、特異な世界の住人…住人とすら言えないような立ち位置の人々が、繋がるはずのない部分で繋がっていく。これもまた現代のネット社会の功罪なのだと言えよう。
コップに注がれた水が溢れ出す。溢れ出してもなおコップに水が注がれ続ける。佐々木佳道(磯村勇斗)は、社食のウォーターサーバーを前に、注がれ続けるコップを、水を見つめ続ける。通りすがりの同僚から次の休みに草野球に誘われるが、佐々木は遠慮する。同僚もNOの返事を判っていたっぽかった。
世間ではYouTubeで動画情報が溢れている。佐々木は思う。ああいう情報ってさ、明日死にたくない人、死なない人のためのもの。明日死んでもいい人のものじゃない。
仕事で移動中の佐々木の携帯に連絡が入った。故郷の父母が交通事故で死んだというものだった。
そして、2つの遺骨と共にタクシーに乗る佐々木。
桐生夏月(新垣結衣)は、回転ずしのカウンターで一人で夕食をとる。温泉地のように町の角で湯気が立ち上る田舎町。車で帰宅した後、YouTubeで水が流れる動画を見る。自室の鏡に映った自分。鏡に覆いをかけ、ベッドに横たわる。手からスマホが滑り落ち、水の中に落ちていくイメージ。ベッドの際(きわ)まで水が押し寄せてくるイメージの中自慰をする。
寺井啓喜(稲垣吾郎)の前で、10歳の息子が懇願する。学校に行かないでやりたいことをやりたいのだ、と。どうやら8歳の少女のYouTube「ミワチャンネル」に感化されているらしい。逆に父として息子に問う。やりたいことって?だが、息子はそれには答えられない。朝飯に(息子のためだけに)用意されたおかゆも食べずに自室に引き取る。寺井は白飯を食べながら妻に言う。白いご飯でいいじゃないかと。だが、息子はおかゆじゃないとお腹を下すらしいのだ。逆に妻から問われる。ああいう感じなの?取り調べ。ちょっと怖かった。寺井は息子について妻に言う。普通じゃなければ。妻は言う。普通って学校に行くこと?息子は砂場で遊んでいる時に砂場で壊されたものを直すような、そういう優しい気持ちの子なのだ、と訴える。優しい気持ちの子は生きにくいと訴えているかのようだ。
神戸八重子(東野絢香)は通学の途中、電車を降りる時に乗ってきた男とすれ違いざまにぶつかって過呼吸になる。大学で講義を受けるため着席するが、すぐ前に男子学生が座ると慌てて席を移動する。
夏月の家の朝食風景。年老いた両親と3人暮らしだ。
TVではLGBTQのパレードの光景が映し出されている。
夏月の勤務先は、デパートの寝具売り場である。そんなに忙しくない売り場であるせいか、妊婦の女友達がおしゃべりにやってくる。これは結構日課みたいなもののようだ。30過ぎると出産はキつくなる。その後の子育てだってまだまだ続くのだからなおさらだ。とかなんとか。正直言ってうざったい。
寺井は検察官である。今日は常習の万引き犯の聴取を行っている。何度聞いても動機が判らない。聴取が終わって勤務室に引き上げると、補佐役の宇野がとある古い新聞記事を持ってくる。それは随分前に、公園などの水道の蛇口を盗んで公共の水が出っぱなしになり、水道料金の損害賠償をしたという犯罪者の話だ。水道の蛇口ばかり何故…?宇野は、これは一種のフェティシズムなのではないかと言う。
神戸は、大学のダイバーシティ・フェスの実行委員であった。ダンスサークル、スペードの代表者と話をしている。「多様性」を表すためのダンスプログラムをフェスで披露してもらいたいという話だ。いい案だね!とみんな乗り気になるが、一人諸橋大也という青年ダンサーが、自分の踊りたくないものをそのために踊るなんて、と言い出す。彼の踊りはダイナミックで、感情がほとばしるものであった。神戸は彼の踊りに心惹かれる。
夏月の売り場に同級生夫婦が訪ねてきた。元同級生の結婚パーティーへの参加を促しに来る。佐々木が帰ってきたのは聞いとる?佐々木佳道…夏月の脳裏に思い出がよみがえる。中学生の時、校舎の脇の壊れた蛇口から噴出した水を2人で浴びたこと。くっきりと、はっきりと。夏月は勤務終わりに車で佐々木の実家を見に行く。明かりはついているようだ。
寺井は夫婦で息子を連れて不登校の子の集まりに参加する。公園で同じ立場の子供たちが思い思いに遊ぶのだ。その様子を寺井は懐疑的に見る。代表者の西山という男の言うこともなんだか胡散臭いような気がする。
夏月の記憶はより深くまでいく。佐々木と夏月のクラスでは、ホームルームでその日の朝の新聞記事で印象に残ったものを紹介していくのだが、そこで誰かが蛇口の窃盗事件の新聞記事を挙げた。佐々木も夏月もなんだか所在ない感じになったのを覚えている。…そう、その日佐々木が取り壊される予定の校舎の脇にある蛇口をブロックで叩き壊して、そして2人して水を浴びたのだ。
その後、佐々木は横浜に転校していった。
同級生の結婚パーティー。夏月は参加した。佐々木は隣のテーブルにいるが話しかけられない。何故故郷に戻ってきたのか?と友人に訪ねられて、パワハラに遭って戻ってきたんだ、と答える佐々木。
「NEXT DIVERSITY FES」当日。スペードのダンスプログラムも開催される。諸橋大也の躍動的なダンスを観て、神戸は一人涙する。
打ち上げの会場に、大也の姿はなかった。そういうのは苦手なようだ。神戸はスペードのリーダー格の女性から、八重子ちゃん、大也をよろしくね、と言われる。
一方で大也は一人部屋に戻り、裸で自慰をして涙する。
寺井の息子は不登校児の集まりの会で知り合った男の子と友人になる。彼と一緒にYouTubeチャンネルを立ち上げることにする。協力者は、会の主催者である西山だった。男の子2人が遊んでいる様を映すという内容だ。動画は段々と視聴者を獲得するようになり、好意的なコメントもつくようになった。子供達にはそれかが励みになる。もちろん、母親にとってもこれは嬉しい現象であった。息子が初めてやりがいを見つけて楽しんでいるのだ。彼女は、寺井にもこの喜びを分かち合ってもらいたいと思っている。だが、仕事で忙しくしている寺井は毎晩帰って来ても母子に向き合うことはしない。
ある晩、寺井に息子が懇願する。お父さんに僕がやっていることを見てもらって理解してもらいたい。だが寺井は息子に言う。逃げ癖のついた人間は逃げたままだ。早く寝なさい。
夏月は今夜も回転寿司で一人で夕飯を食べていた。すると、佐々木が女連れで入店してきた。思わず、退店後に佐々木たちの後をつける夏月。2人は佐々木の家に2人して入って、そして家の電気が消えた…。夏月は庭にあった植木鉢を投げつけ、佐々木の家の窓ガラスを割ってしまう。
夏月は服を着たままプールに浮かぶイメージを持つ。佐々木君、行かないで…。
そして今日もまたあのウザイ妊婦が売り場にやってきた。夏月は遂に「うっざ」と言ってしまう。妊婦は気色ばむ。かわいそうだと思って話しかけているだけなのに、と。
通りにあるキッチンカー。神戸が訪ねる。キッチンカーをやっていたのは大也だった。ホットドッグひとつください、と神戸は大也に注文するが、大也は愛想がない。神戸は聞く。大也君どうしてスペード辞めちゃったの?大也は静かな怒りに満ちた顔で答える。あんただよね、スペードのインスタに裏垢使って「大也君の写真をもっとアップしてください」って。そういうのすごく嫌ですごく迷惑なんだ。神戸にとってその言葉は、もう顔も見たくないと宣言されたようなものだった。
寺井の息子たちのYouTubeは、今度生配信をするのだと張り切っている。監修している西山は寺井に言う。色々な人がいるから、コメント欄にも気をつけた方がいい。自分も気を配ってはいるけれど。
大晦日。夏月は両親と3人で年越しそばを食べている。些細なことで、母親とチャンネル争いになり、それがきっかけで何もかもが嫌になった夏月は、車で家を飛び出す。死のうと思ってアクセルを思い切りふかして直進するが、そこにたまたま自転車に乗った佐々木が通りかかり、それを避(よ)けようとしてハンドルを切って、夏月の車は目の前の畦道を越えて野原に突っ込んでしまう。
佐々木は夏月を自分が今いるホテルの部屋に連れて来る。コンビニの袋の中を目ざとく見つけて、夏月は忠告する。そのガムテープ、漏れやすいよ。私も経験あるから。佐々木は答える。実家広過ぎて無理でさ、そのためにここを借りたんだ。じゃ、ドアに「塩素ガス発生中」って書いて貼っておこうか、と言う夏月に、今夜はいいよ、と答える佐々木。
2人は互いに語り合う。この世界の生きづらさについて。夏月は言う。大晦日や正月は、人生の通知表のような気がする。私はね、地球に留学しているような感覚なの。
佐々木は女性に欲情しないのだという。ではこの前家に連れ込んだ女は?…連れ込んだものの結局できなかったのだ、と。夏月が植木鉢を投げて窓を割ったことを告白すると、佐々木は破顔する。なんだ、あれキミだったのか。
そして互いに、水を好きなことが判る。
翌日、2人はバスに乗って瀑布を見に行く。席は隣り合わせではなく前後に乗っている。瀑布に着いて水しぶきを浴び、水に手を差し伸べる。知らずと笑顔になっている。そう、あの中学生の時、壊れた蛇口からほとばしる水を浴びた時のように。
喫茶店で佐々木を待つ夏月。やってきた佐々木はこう告げる。横浜に職がみつかった。実家を引き払って横浜に行く。そこで提案がある。この世界で生きるために手を組みませんか?そして夏月に結婚指輪を渡す。
横浜。別々の部屋で寝て別々に朝食を作り、同じテーブルで別々の内容の食事をとる。佐々木と夏月の生活はとても上手くいっているようだ。
水の動画で良いものがあれば、互いに情報交換し合う。佐々木は、今はまっているチャンネルで、そこにコメントを入れている人とDMのやり取りをすることがあった。あるハンドルネームの人と気が合ったため、オフ会をすることになった。自分たちで水の動画を撮ってみようというものだ。そこにもう一人加わって、今度の休みに公園に集合することになった。夏月も行きたいと言ったが、どんな人か判らないからまず自分が行ってみる、行ってみて大丈夫そうだったら次は誘うよ、と佐々木に言われる。
寺井の家。息子たちが生配信をしようとしたら、突然チャンネルが閉鎖されてしまう。小児性愛者が見ている可能性があるチャンネルが、当局の判断で閉鎖されることになったのだ。狼狽する母子。この動画制作がなければ息子の生きがいがなくなってしまう。寺井はそもそも動画制作には懐疑的だったし、危険性のあるものはもう致し方ないという思いだったが、その醒めた判断を妻になじられ、互いに罵声を浴びせる夫婦げんかに発展する。息子が2階から降りてきて寺井に言った。お母さんをいじめるな!
神戸は大学の講義室でたまたま大也と一緒になる。思い切って大也に話しかける。そして、ハラスメントを受けたせいで男の人が苦手なことを告白するが、そんなことに俺を巻き込むな、と冷たく言われてしまう。だがひるまず神戸は続ける。毎日朝起きたら自分以外の人間になれますようにって思う。男の人を好きになることはどうしてもできないけれど、諸橋君だけは違う。どうしてかは判らない。でもこの気持ちは止められない。…諸橋君が一人じゃなくて良かった。諸橋君が大事だから、だから自分自身を閉ざさないで。
夏月は仕事帰りに町の商店街でコロッケを2つ買う。帰り道で人にぶつかられてコロッケの入った袋を落としてしまう。一緒に拾ってくれたのはたまたま通りすがった寺井であった。寺井はぶつかったくせにそのまま去って行った人に対して怒り、夏月には労いの言葉をかける。落ちて袋からはみ出してしまった方のコロッケはご主人に食べさせるといい、どうせわからないんだから、と言う。…どうして私が結婚していると?…結婚指輪。それになんかそんな感じだし。夏月はドキッとする。これまでそんな風に見られたことはなかったからだ。会話の中で、寺井の妻子は今実家に帰っていることがわかる。夫婦にも色々あるものなのだ。
佐々木と夏月の生活は本当に上手くいっていた。佐々木は前に言っていた。両親が事故で死んだ時、正直言って良かったと思っていた。自分にこういう性癖があることを知らずに死んだのだから。夏月は、一度セックスというものをしてみたくなった、と佐々木に言って、2人でその真似事をするが、あまりの可笑しさに2人して笑ってしまう。もちろん本当のセックスはしない。しなくても満たされる平和な日々だった。
佐々木は動画サイトで知り合った「水フェチ」のメンバーと、自分たちで水の動画を撮るという企画を実行した。噴水のある公園に集合した。そこに来たのは諸橋大也と、もう一人(観客の知らない)男がいた。3人は、噴水でじゃれ合いながら動画を撮る。それはとても楽しいものだった。全員が「水フェチ」であることを隠して生きてきた訳だから、その解放感、充実感たるや。3人は大満足して帰途につく。
ところが、その「もう一人の男」は、実は「水フェチ」ではなかったのだ。矢田部陽平。ある日家に帰る時に、刑事に取り囲まれ、児童買春容疑で逮捕される。つまり、矢田部は小児性愛者であり、公園の噴水で子供たちが遊ぶ様を撮るために例のオフ会に参加したという訳なのだ。
押収された小児性愛や買春に関わる一連の動画の中から、この前佐々木と大也と3人で撮った画像が出てくる。矢田部が撮ったものは、噴水で戯れる自分たちを撮ると見せかけて、子供たちの姿を撮ったものであった。動画を共有し合った男が2人浮かび上がる。佐々木と大也である。検察は彼らをそれぞれ引っ張り事情聴取を行う。
担当の検察官は寺井であった。まず大也の事情聴取を行う。大也は小児性愛者ではないと答える。ではこの動画はどうして撮ったのだ?大也は答える。水が好きなんです。その答えは、寺井には理解できない。何を言っているんだ?
次に佐々木を取り調べる。佐々木も同様に小児性愛者であることを否定する。押し問答である。答えを導き出すことはできない。寺井が理解できるような答え、ということであるが。補佐の宇野だけは心なしか得心したような表情をしている。
夏月が参考人として呼ばれる。夏月は寺井と宇野がいる部屋に入って行く。寺井と夏月は互いを見て少し驚く。先日偶然商店街で会ったことを思い出したのだ。あらかじめ、佐々木の様子は教えられないし、佐々木に対して夏月からの何かを伝えることはできない、と言われ、聴取の会話が始まる。もちろん、寺井が期待している答えを夏月が話すはずもない。話が終わって最後に、夏月が佐々木に伝言をして欲しいと頼むが、寺井は断る。最初に言ったように、それはできないのだ、と。だが、寺井は、伝えられはしないが、ちなみに何を言いたかったのか?と夏月に尋ねる。すると夏月は答える。普通のことです。普通のことって?…私はいなくならないから。
寺井の方は現在妻と調停中であった。
(2023年邦画)