ガラ・セレクション作品。アメリカ映画。
本作は東京国際映画祭での上映がワールド・プレミアだということで、モバイルチケットを申し込んだ時の注意事項に、入場時には携帯をオフにした上で専用の袋を配布するのでそれに入れて持ち込むように、といったことが結構キツめに書かれていたので、ちょっとビビりながら鑑賞に出向いたのであるが、当日は別にキツいチェックがあった訳でも袋を配られた訳でもなかった。そしてもう既にロードショー公開されているので、心置きなくネタバレを書かせていただく。
一言で言えば、悪趣味な作品。
だが、私がよく使う「薄情も情の内」という言葉に倣って言えば、「悪趣味も趣味の内」なのである。
別にこれが「趣味」だと言っているつもりは無いが、私には面白い作品だった。お下劣だけどね。
そして一流シェフによる超一流の料理なのだけれど、ちっとも美味しそうに見えなかった。それは後になって、自分が正しかったと思わせるものだったけれど。
桟橋で煙草に火をつける女。隣で男が咎める。よせ、煙草は味覚を殺す。今夜は特別な夜だ。今からホーソン島行きの船に乗って最高の食事に行く。なんと1人1250ドルもするコース。乗客は12人。見て、あれは料理研究のリリアン・ブルームだ。その他にも映画俳優や実業家や、つまりはお金持ちがメンツである。
船の中で供されたのは生牡蠣のミニョネットソースがけ。興奮した男はスマホで写真を撮りまくる。ホスト側の中華系の女エルサ(ホン・チャウ)に、料理の写真は撮らないで、と釘を刺される。向こうに着いてからも、という意味も込めて。彼は少しバツが悪そうな顔をするが、怯まず、このミニョネットは何たらであーたらで…とウンチクを垂れまくる。女はそんな男に言う。牡蠣は普通に食べたい。まあそうだろう。彼女マーゴ(アニヤ・テイラー=ジョイ)は、急に用ができて男タイラー(ニコラス・ホルト)の連れとして来れなくなった女の代役として来ただけなのだ。
島に到着し、島の中を案内されながら、12人はレストランへ向かう。沖では漁場のスタッフが今日食べる帆立貝を獲っている。草地では山羊が闊歩し、ここの食材は全て有機栽培で…とか何とかの案内をされる。スモーク小屋は圧巻だ。期待が高まる中、12人はレストランに到着する。中央で回転する木の扉がバタンと閉まる。
それぞれのテーブルにつき、いやが上にも興奮が高まる。
1品目。アミューズ・ブース。
そしてシェフ、ジュリアン・スローヴィク(レイ・ファインズ)の登場だ。カリスマ中のカリスマ。彼が一言何か言うと、調理中のスタッフは全員で「イエス!シェフ!」と叫ぶ。
彼は語る。人は、アスリートやミュージシャンに憧れる。だが、彼らはただボールやウクレレと戯れているだけだ。シェフは命そのものと戯れる。そして死とも。食べないでください。味わうのです。全てを受け入れて、許すのです。私たちは一瞬の存在。自然は永遠です。
タイラーは泣いて感動する。ついつい禁じられていた料理の写真をスマホで撮ってしまう。ジュリアンシェフと目が合ってしまったようだが、特に何を言われる訳でもなかったのでまあいいか。
それぞれのテーブルでそれぞれの会話が始まる。料理への賛辞はもちろんのこと、次第に彼らの人となりが判ってくるような会話が。
2品目。パンのないパン皿。
何とそこにはパンがなく、パンに付けて食べるはずのペーストのみが様々プレートに乗って供される。絵画を描く時のパレットのように。或いは化学の実験のシャーレのように。このレストランの「売り」の一つはパンのはずなのに。パンを求めた客をジュリアンシェフは一蹴する。身の程知らず、と。
マーゴはそれを食べない。タイラーはそれに驚くが、彼女は言う。食べるのは自分で決める。ならば、手をつけていないそのプレートを僕が頂こう。こういう場所ではあまりにも下品な行為だ。
一番端の席に老婆が1人座っている。ジュリアンは、彼女の頬に顔を寄せる。何か囁いているのだろうか。
3品目。火曜日のタコスナイト。
配られたトルティーヤに、各々の秘密が描かれている。何故こんなことまで知っているのか…と、客たちは驚愕する。
マーゴはこれにも手をつけず、トイレに立つ。うんざりとした表情で個室で煙草を一服する。個室から出ると、そこにジュリアンシェフが立っていた。どうして料理を食べないのだ、と詰問する。そもそもマーゴは当初の招待客ではなかったのだ。何故それなのにここに居るのか。ジュリアンにとってマーゴは招かれざる闖入者なのだ。静かな火花の散る応酬。
やがてジュリアンはマーゴに言う。こちら側にならないか?と。こちら側とか何とかよくわからない。では考えて決めるといい。だが、ジュリアンにとってはマーゴは明らかにこちら側なのである。言い換えれば、この店の(後に判るが今夜の)客としては相応しくないのだ。
4品目は…。そこには、副シェフが現れる。涙を流しながら、ジュリアンシェフからの紹介を受ける。最高のシェフとならんとしたのに、最高にはなれなかったという後悔と懺悔。そして彼は突然ピストルを取り出し、自らの口の中に入れて拳銃自殺を実行する。
客席は阿鼻叫喚の様相となる。もちろん、余興よね、ホントに自殺なんてする訳がない。どんなカラクリが仕組まれているのか。と、口々に言いながら。そんな客たちの前で、副シェフの血塗れの死体はスタッフによって淡々と片付けられる。
大きな衝撃的な銃声に、作中の客はもとより感情している観客もひどくびっくりする訳だが、驚きの展開はまだ始まったばかりだ。
客の中に、ひと組の老夫婦がいた。夫の方がこの「余興」に怒って帰ろうとする。すると、ジュリアンシェフの号令一下で、スタッフたちがよってたかって彼を押さえつけ、ジュリアンは彼の左手の薬指を包丁で切断する。断末魔の悲鳴。至極冷静にジュリアンは、切断された左手薬指にはまっていた結婚指輪を妻の方に返す。
ジュリアンは宣言する。今夜、ここにいる全員が死ぬ。与える側か、奪われる側か、ともかく全員が死ぬ。与える側は料理を供する側で、奪われる側はレストランの客だ。いずれの立場でも全員が死ぬのだ。
彼らは全員がジュリアンによる筋書きによって、今夜この島で死ぬ為に集められたのだ。
5品目…口直しのお茶。スロヴァキアのことわざにこうある。時には一杯のお茶さえあればいい。
タイラーはそれを飲んで、この味はベルガモット?と聞く。ジュリアンから確かにその通りだと言われて、得意気である。
能天気にお茶を味わっているのは、タイラー1人である。各テーブルでは、この異常な事態に皆でひそひそと密談をする。若手成金っぽい3人の男たちのグループは、どうやってここからずらかろうか?いや、俺たちは大丈夫だろう。何故ってここのレストランのオーナーのヴュリクがバックについているのだから。だが、さっき配られたトルティーヤに描かれていた秘密の裏帳簿の写しは一体…?とか何とか話している内に、窓の外を見ると、その彼らのボスのヴュリクがスタッフに両腕を掴まれて海の方に連れられて行くのが見える。背中に天使の羽根を付けさせられた出立ちだ。そしてヴュリクは、海の上に吊るされ、そのまま海に沈められる。
恐ろしい窓の外の光景に、ざわつく客たち。次は誰なのだ?そもそも何故自分たちが選ばれたのだ?…それはそれぞれにジュリアンなりの選定の理由がある。
ジュリアンは、昔は誰かのために料理をするのが好きだった。…だが、いつの間にか、ただ料理を作るだけになってしまった。365日、ひとときも休まず料理のことだけ。楽しめない。虚しいだけだ。だから、全てを終わらせようと、この苦しみを終わらせようと。その気持ちはスタッフたちも同じだ(それに彼らはジュリアンに薫陶していてジュリアンの言うことは絶対である)。今日招待したのは、ジュリアンを最初に見出した料理評論家、褒めそやしてじゃんじゃんお金を使ってくれた美食家、この店のオーナーとその関係者…などなど。全て、今の虚しい自分の基礎を築いている。あ、あと1組、過去の栄光だけで生きている今は売れない三流映画俳優(ジョン・レグイザモ)とそのマネージャーも客の中に居る。彼はジュリアンの何年かぶりの休日に観た映画の主役だったのだ。…酷い映画だった!ジュリアンの2度とないかもしれない休日を台無しにしたのだ。
そして壁際に一人で座っていた老婆は、ジュリアンの母親であった。
6品目。男の過ち。
客たちは皆扉の表に出されて、横一列に並ばせられる。ジュリアンは彼らに言う。男だけ逃げてもいい。ただし、45秒後にスタッフが追いかける。捕まったらまた席に戻ってもらう。
男たちは、連れの女のことなど構わず(多少気にかけた素振りをする者もいたが)脱兎の如く逃げ出す。女たちは中に戻され、女たちだけでディッシュを食べる。
男たちは逃げ出したものの、所詮ここは孤島である。次々と捕まり、連れ戻される。中には海岸でボートに乗る所まで成功したのに、ボートから引きずり下ろされた者もいた。
戻って来た男たちはまた席に着く。バツが悪いが、男なんて所詮そんなものだ、と女たちは知っている。
タイラーだけは、本気で逃げた訳ではなかった。彼は元々ジュリアンの計画を知っていた節がある。それでもなお、ここに来たかったのである。選ばれた人間として、選ばれた料理を食べに。ただひとつの過ちは、つれの女性に代役を連れて来たことだ。
ジュリアンは、先程出したお茶の隠し味を当てたタイラーのことを褒めそやす。そして、こちら側…料理を作ってみる側になってみないか?と持ちかける。私たちの仲間に、と。もうタイラーは有頂天である。着衣を貸してもらい、キッチンのバーナーの前に立つ。どんな料理を作るのだ?と聞かれ、まさか本当に自分がイチから料理を作るとは思わなかったタイラーはしどろもどろである。ではラムチョップを…。だが当然であるが、タイラーの作った料理は悲惨であった。ジュリアンにもスタッフにも嘲笑されて、タイラーは厨房の奥へと姿を消す。
デザートの準備をしなくてはいけない。さて…と、ジュリアンは、マーゴに調理用具を取って来てくれ、と頼む。それはスモーク小屋に置いてあるのだ。厨房を通り過ぎると、タイラーが奥で首を吊っているのが見えた。
マーゴは一人でスモーク小屋へ出向く。初めての監視なしの行動。できればなにかこの島を出る方法を見つけたいものだ。そういえばここに来る時に一軒の建物があって、それはジュリアンシェフの自室だと聞いた。その時のエルサの説明では、そこはジュリアン以外はただの一人も足を踏み入れたことのない場所だとのことだった。マーゴはスモーク小屋へ行きがてら、そこに入ってみることにする。
中は、広くてピカピカのキッチンで構成されていた。奥に隠し扉のようなものがある。キョロキョロしていると、背後から女が襲ってきた。エルサである。嫉妬と憤怒に駆られている。ジュリアンが調理器具の調達をエルサではなくマーゴに頼んだこと、そしてマーゴがジュリアンの自室に勝手に立ち入ったことが、エルサには許せなかったのだ。エルサは鋭利な包丁でマーゴに襲いかかる。マーゴも応戦する。取っ組み合いの中、マーゴはエルサを刺し殺してしまう。
必死になって、マーゴは隠し扉を開ける。中はシンプルで静かな空間で、ジュリアンの若い頃の写真などが飾ってあった。マーゴは一画に無線機を発見した。これで助けを呼べる。
エルサのことは殺してしまったけれど、頼まれた調理器具を持って、平静を装ってレストランに戻るマーゴ。すると、時間を置かずに沿岸警備員が中にやって来た。無線を傍受した、何かあったのか?と聞かれる。高まる緊張。ジュリアンや屈強なスタッフがいる中で、客側もヘタは打てない。すると、沿岸警備員は俳優に目を止めてファンだと言う。サインをくれ、と。俳優は紙ナプキンにサインの代わりに「助けてくれ」と書き、反応を待つ。
遂に沿岸警備員は「サイン」の意味に気づき、拳銃を取り出しスタッフたちに向ける。ああ、助かるのだ!と客の誰もが思う。だがそれは茶番で、彼が取り出した拳銃は引き金を引くと火が灯るオモチャのライターだった。沿岸警備員とは偽物で、実はジュリアンのグルだったのだ。
望みは絶たれた。このままこの孤島で殺されるより他はない。誰もが覚悟する中、マーゴはジュリアンにキツく言い放つ。あなたの料理はちっとも美味しくなかった。私はお腹が空いてたまらない。ジュリアンは一瞬たじろぐ。お腹が空いてる?ええ、ペコペコよ。…ではなにが食べたい?
ジュリアンから目を逸らさずに、マーゴは答える。チーズバーガー。タワー型のではなくシンプルなもの。タマネギは?入れて。チーズは?アメリカンチーズ(チェダーチーズ)。ポテトは?付けて、波型のを。できる?
ああ、できるとも。ジュリアンの目に一瞬宿ったのは、思い出に対する悲しみか、料理の腕を見せられる歓びか。ジュリアンは手ずから肉を焼き、ポテトを揚げ、パテを操る。スタッフの手伝いは制止する。
そしてできたのは、追加の1品。最高のチーズバーガー。
マーゴはチーズバーガーにむしゃぶりつく。このレストランではあり得ない、手掴みでかぶりつく下品な食べ方である。ソースのついた指まで舐める。そしてジュリアンの目を見たまま言う。美味しい、と。
その時ジュリアンの顔に宿ったのは愉悦の表情だったか。ともかく、ジュリアンも一心不乱にマーゴが食べるのを見ていた。だが、マーゴは途中で食べるのをやめた。…どうしてかしら、食べる前は全部食べられると思っていたのに、なんかお腹いっぱいになってしまった。ジュリアンは言う。そういうことはよくあるよ。…ねぇ、テイクアウトにできるかしら?…もちろん。
ボックスに入れられた齧りかけのバーガーと付け合わせを、ジュリアンはマーゴに差し出す。幾ら?と聞かれて9ドル50セントと答える。マーゴはクシャクシャの10ドル札をバッグから出してジュリアンに渡す。そして席を立つ。
お客様のお帰りだ!とジュリアンは言う。」イエス、シェフ!」とスタッフは叫び、マーゴをドアの外に送り出す。後に残された(死ぬ運命の)他の客に対して後ろ髪を引かれるマーゴであったが、年嵩の女たちからいいから行きなさい、のウインクをもらい、1人で外に出る。そして海岸まで走って走って、モーターボートを見つけてそれに飛び乗る。
残された客はデザートの具になっていた。今夜のデザートはスモア。皆さんにはマシュマロ、チョコ、クラッカーを身にまとってもらう。そしてそう、キャンプファイヤーの時のスモアになってもらうのだ。
レストラン全体に火の手が回る。椅子に縛られてスモアの装いをさせられた客を中に入れて。いや、客だけでなく、スタッフも含めて全員がスモアなのだ。
少し沖に出たマーゴは、島のレストランがあった辺りが爆発して燃え広がるのをボートの上で見た。そしてテイクアウトした絶品のチーズバーガーの残りに貪りついた。マーゴはさっきジュリアンの自室で、彼が若かった時に焼いたパテを携えているとてもいい笑顔の写真を見つけていた。今マーゴが貪っているチーズバーガーは、恐らくその原点の気持ちで焼いてくれたものなのであろう。

(2022年洋画)
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