宮松(香川照之)は、京都で斬られ役や撃たれ役が主のエキストラをやっていた。それだけでは食えないので、ロープウェイの点検職員もやっている。だが、彼には昔の記憶がない。気がついたらここ京都に来ていて、この暮らしをしていたのだ。
ある日、宮松が昔勤めていたタクシー会社の同僚だと言って、一人の男(尾身としのり)が宮松の元を訪れた。宮松は本名は山下で、東京でタクシーの運転手をしていたというのだ。そして、ロッカールームで頭を打って、その後行方不明になった。元同僚は宮松を、今は妹夫婦(中越典子、津田寛治)が住んでいる実家へと連れ帰る。
だが、宮松の記憶は戻らない。単に頭を打つといった外傷だけでは、ここまで綺麗さっぱり記憶を失くすということはあり得ないと医者は言うのだけれど。不思議なことに、バッティングセンターに行けば昔取った杵柄というか、かなり野球をやり込んでいたようなバッターボックスの所作であり、事実宮松の実家の部屋には野球のグローブがいくつも置いてあった。更にその部屋の整理整頓具合を見ると、今と変わらない几帳面さがうかがえる。
そしてある日、昔吸っていたというショートホープを吸ってみると…。
宮松の立場のエキストラは、斬られて死んだらそのシーンでの出番はそれで終わりで、何かに発展するなどということはなく、当然過去の演技や役柄がどうとかいうのもない。このことが、過去を全て忘れ去っていて何の積み重ねもない宮松の現状と重なっている(もう一点「タクシー運転手は行き先を自分で決めなくていい」という会話が出てくるがこちらも象徴的だ)。この構成は上手いし、作品そのものも悪くないんだけど…そして何より香川照之の演技は全てにおいて流石なんだけれど、全体的に間延びし過ぎて長く感じる。いや、芸達者な役者の演技をじっくり見せるにはこの位のタメが必要なんだということかもしれない。もっと言うと、例えエキストラであったとしてもその準備や待機時間は長く、だが一方で出番はほんの一瞬である、そんな構成にしたかったのかもしれない。
とはいえ、87分の尺の映画を長く感じてしまうのは、やはり少しよろしくないと思う。
(2022年邦画)