メル・ギブソンがラスボスだと聞いて鑑賞。メルギブがラスボスだ。つまり、B級の香りが漂ってくるという事だ。それが判っていればむしろ気楽に観られる。肩の凝らない気楽な鑑賞体制。
ところが結構面白かった。気楽に観たせいなのか、本当に識者にも面白く思われるかは定かではないのだけれど、少なくとも私には面白かった。でも、ストレートに面白かった、で済まさず、どうしてこんなまわりくどい言い方をしてしまうのかと言うと、実は私は本作のこの大元の原因を作り出しているシステムのフローがよく判らないのだよね。フローというより、何がどうしてどうなるとこんなロイ(フランク・グリロ)のような毎日死んで毎日同じ時間の同じ場所で目覚めるのか、ロイがそうすることによって何がどうしてどうなるのか(ナオミ・ワッツを助ける為にそうしてるんじゃん、とかいうレベルの話ではなくて)、はたまたメルギブはこの発明機械を活用して、世界を終わらせたいのかまたは世界を手中にしたいのか結局何がしたいのか…。
といった感じ。全然判っていないのに、でも何故かとても面白かった。
うんざりした顔で、死ぬ為のルーティンを繰り返していくロイ。スキルが上がれば、生き延びる時間を増やす事ができる。それはまんまゲームの主人公である。古き良き(良くもないか)ゲームセンターに少しでも足を運んだ事がある人なら、ちょっとしたシーンで「おっ!」や「あっ!」があるはず。暴力的な、殺されてまた生き返ってまた殺されて…の繰り返しなのだけれど、コンピューターゲームってそういう事だから。ただし、良い子は真似をしないように。生身の人間は一度死んだらもう生き返らない。
メルギブのラスボスは、メルギブに対する期待値を差し引いたら、まあそこそこで無難。それよりも、あんなに知性と能力のある美女ジェマ(ナオミ・ワッツ)が、軍隊上がりのイカれたロイとかつては夫婦で子供までいるというのが疑問。何でこの人と結婚しちゃったんだろう…と、単に設定の妙だけではなく、マジで考えてしまいかねない。それとあのさ、子育てや子供との交流は、ちょっと子供が好むゲームを一緒にやったからといってこれまでの事をチャラにできるほどやわじゃないからね。楽しい美味しい所だけ一緒に体験して、いかにも失った時間を取り戻しました、的な気分になるなんて笑止千万ですよ。
この主役のフランク・グリロは、「パージ・アナーキー」「パージ・大統領令」の人なんだね(「キャプテン・アメリカ」のシリーズは観ていないのですみません)。現実世界よりも異空間の方が似合う人なんだと思う。
あと、ミシェル・ヨーはめっちゃカッコいい。

(2021年洋画)
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