事実に基づいた物語。アフガニスタンでタリバン撲滅のために設置された前哨基地での出来事である。実在の人物を描いているので、当然この戦闘に関わった多数の兵士達が登場するのであるが、皆戦闘服を纏っていることもあり、誰が誰であるということを瞬時に判別するのは難しい。そのせいという訳ではなく実在した兵士達へのリスペクトを込めているのだと思うが、登場人物が出て来る度に、逐一名前と階級が字幕で表される。これは大変にありがたいことであった。
話の内容としては、後に「カムデシュの戦い」と呼ばれる、アメリカ軍とタリバンの激戦(とその前後)を描いたものである。アフガニスタンでの戦闘の中でも最も過酷であったと想起される「カムデシュの戦い」は、実は起こるべくして起こったものであったのだ。すなわち、このキーティング前哨基地は、四方を険しい山地に囲まれたすり鉢状の谷底にあり、360度、敵のタリバンの眼下に位置するという極めて危険な立地にあったのである。その急な傾斜を持つ山地は、数多の岩場や草むらを持ち、地元のタリバン兵士達の格好の隠れ場所になっていた。そして、アメリカ軍兵士達はタリバンの眼下に捕らえられ、標的として狙い撃ちされるのである。
大変過酷な状況で、大変に悲惨な戦闘が繰り広げられる。命を落とした兵士達の無念はいかばかりだろう。というのは、戦闘マニアでない私からしても、これは、この「カムデシュの戦い」の悲劇は、起こるべくして起こったものとしか言いようがないからだ。そもそも戦術以前の問題として、ここに前哨基地を作った戦略が間違っていると思う。四方をタリバンに囲まれる危険性のある谷底、というのは、最も駐在してはならない場所なのではないだろうか?更に、この基地に到達するのには、陸路は細くて険しい崖道が1本しかなく、物資の出入りや後方支援は、この崖道を除けば空路しかない。
当然、このようなタリバンが生息しやすい場所に前哨基地を置くというのは、タリバンに対する牽制の意味も多く込められているのだろうけれど…そしてこのような場所を野放しにしてしまえば、タリバン自身の活動域がここを拠点として展開する可能性もある訳だから…だがあまりにも危険過ぎるし、地形の利・不利を深く考えてなかったのではないか、と言わざるを得ない。これは明らかに上層部のミスだと思うのだ。
加えて、呪われた感じさえある、基地のリーダーを見舞う不運。キーティング大尉(オーランド・ブルーム)然り、ロバート・イェスカス大尉(マイロ・ギブソン)然り。次から次へと襲う不幸に代わりの大尉が派遣されるが、内一人は自身の身の安全だけを図るリーダーシップの無い人材だったりする。恐らくここの悪評は本部にも轟いており、積極的な派遣もなされない。一兵卒としては誰もが「やってられない」事態となるが、現場はそれでも戦い続けなければならない。死と隣り合わせのキーティング前哨基地で。
自然由来による地形が悪手だったことはもちろんであるが、これは、この「カムデシュの戦い」の悲劇は、もはや天地によるものではなく、人災と言えるのだと思う。戦略設定のミスと、人材不足。いかに有能な本部が有能な戦略を立てるかが、人の命にダイレクトに関わってくる、これが戦争だ。物理的な優位性というのは、物資や兵器のことだけを指すのではない。状況を俯瞰で見ることができなければ、いくら兵器が潤沢であっても丸腰感が否めないのである。
つまり本作は、…作品サイトでは「リアル・ミリタリー・アクション超大作」と銘打っているものの、実は無能な上層部と無能な戦略に翻弄された兵士達の悲劇なのである。
出演は他にスコット・イーストウッド、ケレイブ・ランドリー・ジョーンズ等。

(2021年洋画)
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