以下ネタバレ。
野原に生えている木の幹で背中を掻く女(あとから思うとこういう所に彼女が一人きりで生活しているということと、彼女のずぼらな部分が表されていたと言える)。それが終わると野原の中を降りて行き、一軒の家に入って行く。
街路では、ゴミの集積所で写メで様子を撮り、ゴミ出しのやり方にダメを出しているおじいさんがいる。
先の女は、とある家でその家の主人と彼の娘と他愛もない話をしている。ネットでのフェイクニュースの話とか。彼の娘は17歳だと聞くと、自分の息子シルヴァンは15歳で、今日が誕生日。早く帰ってお祝いをしなければ、と言う。
家にケーキを買って帰った女マリエは、テーブルにケーキを飾り、ろうそくを立て、椅子をあちこちに動かしながら、息子がそこに居るという想定で、息子の誕生日を祝う一人芝居をする。実は息子は別れた夫についていってしまい、自分は今一人で暮らしているのだ。
一方、先の家では、父と娘が話し合っている。娘は学校でネットのいじめに遭っていて、それはひどい状態なのである。父として、そんな状況は許せない。何とかしなければならない。
父ベルトランは、保険屋からのDMで重大なことに気付く。もしかして自分は搾取されていたのかも…!夜中なのにマリエの家を訪ねて、保険料についての悪口を言う。マリエはマリエで、息子が家に居ると嘘をついているので、ベルトランを自宅にはあげずに話だけ聞いて追い返す。
家にある家具をネットオークションにかけることを思い立って、スマホで家の家具を撮影するマリエ。あ…スマホの充電が切れそうだ。どれが充電用のコンセントだったっけ…大量のコンセントをじゃらじゃらさせ、充電器を探し出す。
マリエは眠れずに、夜中にバーに出かける。バーの名前はバダブーン。あおるように飲み、踊り狂い、かなり羽目を外す。バーのカウンターで若い男に声をかけられる。その後店を出て、息子シルヴァンに会いに行く。別れた夫とシルヴァンが住んでいる夜中のアパートに、そこで暮らしていた時の鍵をまだ持っていたので、勝手に開けて入って行く。息子はベッドにいたが、母親が入って来たので目が覚める。酔っているせいもあるし、元からそういう性格だったのだと推測されるが、矢継ぎ早にマリエは話し出す。離婚の時の話をする。世界が悪いのだ、と言い出す。それでも人生は美しい、とも。そして聞いてみたかったことを息子に尋ねる。何故離婚の時パパと暮らすことを選んだのか?と。シルヴァンは答える。ママは働いていないから。好きなものが買えない。(…息子は物欲の塊だったのか…。現代っ子だね。)
翌朝、マリエは固定資産税未納の通知を受け取る。このままでは今住んでいる場所を失いかねない。担当部署に言い訳の電話をかけるが、相手はずっと話中である。保留音にしたままで、家の雑事が全て片付けられるほど長く話中なのであるが、マリエは繋がるまで(別のことをやりながら)待つ。自宅に宅配がやってきた。「アリマゾン」からだ。年配の男が物凄い勢いで水を運んでくる。もう汗びっしょりで、はあはあと息を切らせている。彼の年齢では宅配稼業は過酷なのだと見て取れる。マリエはコーヒーを勧めるが、誤って彼の配達書類にコーヒーをぶちまけてしまう。配達員は号泣だ。コーヒーを飲んだと会社にバレてしまう!!そして風のように(ずいぶん重たい風なのだが)去って行く。
車を持たないマリエにはアシがないので、友人のタクシードライバーに車を出してもらうことがある。ベルトランも同様である。3人で車に乗り出かける。女とベルトランとタクシードライバーのクリスティンは、黄色いベスト運動で知り合ったのだ。(黄色いベスト運動とは、フランスで2018年、オンラインで開始されたデモ活動である。蛍光色=黄色のベストを自動車内に常備することが法律で義務付けられて以降、黄色いベストは安価で購入できることになったため、運動のシンボルとして選ばれたとのことだ。運動の内容は、「燃料税の削減」「富裕層に対する連帯税の再導入」「最低賃金の引き上げ」「時の大統領(マクロン大統領)の辞任」等、労働者や中産階級の負担を減らすことを求めている(Wikipediaより抜粋)。)車が環状線に差し掛かると、あのデモの事を思い出して3人ともが意気高揚する。
クリスティンは、何故タクシードライバーになったのかの身の上話を聞かせてくれた。元々は原子力機構に勤めていたのだ。だが、あることをきっかけにその職場を辞めてしまった。ドラッグ?と聞くマリエに対し、彼女は答える。ドラッグより悪いわ。TVドラマ依存症よ。最初はそんなことになるとは思わなかった。ところが、もう朝から晩までドラマを観続け、次の回のことが気になって夜も日も明けない。次の回を観るためには高額な継続料金がかかると判っていても、あっという間に継続料金を支払っている。そして遂に事件は起こった。当然職場でもTVドラマをこっそり観続けていた訳だが、ある日TVドラマを観ている時に自分の担当エリアで放射能漏れが起こった。…いつものように事故は隠蔽された。けれど、私はもうそれ以上職場にいることはできなかった。
溜息と共に彼女の身の上話を聞くマリエとベルトラン。更に転職したタクシードライバーの仕事も思うように上手くいっていない。考え得る全てのサービスを行って、乗客に対して誠心誠意尽くしているのに、ネットの評価ではいつも星がひとつしかつかないのだ。クリスティンはストレスで環状線の真ん中を突っ切り、タクシーの屋根に乗って叫び出す。現代社会に侵されている人がここにもいるのだ。
マリエの携帯に見知らぬ番号から電話がかかってくる。それは、あの晩バダブーンでカウンターの隣り合わせに座った若い男からの連絡だった。昼間のバダブーンに出向く。すると、男から意外なことを聞かされる。あの晩、男と彼女はいきずりのセックスをしたというのだ。相当ハードなプレイもしたらしい。泥酔していたマリエは全然覚えていないのだが。男は脅迫する。その時のセックス動画をネットにばらまくぞ。お前の息子にも送り付ける。それが嫌なら金を払うんだ。
これもまた現代社会の闇である。自業自得とはいえ。お金なんか無いのに。ネットオークションにかけている家具だって、全然売れていないのに。
現代社会に踊らされているのはベルトランもであった。彼の場合は、断り切れない性格、というのも影響しているようなのだが。例えば、亡き妻が契約していた有機野菜の定期購入の請求書が今もずっと送り続けられている。商品は来た試しがないというのに、だ。農家に抗議に出向くも、相手から上手く丸め込まれてしまう。個人情報は全世界にだだ漏れしている。ベルトランはスノードームを集めるというささやかな趣味を楽しんでいるのだが、それすらセールス業者には知れ渡っている。スノードームと縁もゆかりもない業者が、ベルトランの趣味を知っているのだ。いつもかかってくるセールス電話。だが、ある日かかってきたそれは、いつものものとは違っていた。それはモーリシャス島からかけている、という美しい声の持ち主の女、ミランダからのセールスであった。ベルトランはすっかりその女の声に魅了されてしまう。その声が聞きたい、ミランダと会話したいがためにだけ、ベルトランはセールス電話を心待ちにし、会話の時間を引き延ばすのであった。
ネット社会に蹂躙されている…!マリエもベルトランもクリスティンも共通してその意識を持った。細かいことは日常で数々あるが(マリエは数々あるネット上のパスワードが覚えきれずに冷凍庫の中に付箋を大量に貼っている!なんと面倒なことか!)、大きなものとして、マリエはセックス動画の拡散を阻止したいし、ベルトランは娘のいじめ動画を破棄したい。クリスティンはネット評価の星を増やしたい。となると、黄色いベスト運動で活動していた我々がするべきことはただ一つ。ネット社会に対抗するのだ!
しかし、どうしたものやら…。噂で聞いたところによると、ネットハッカーの権威がいて、あらゆる相談に応じてくれるらしい。だが、彼を探すのにも術がない。
マリエは少しでも稼ごうと、家事手伝いの仕事を始めることにした。派遣会社に登録したのである。とある大金持ちの年寄りの家を担当することになったのであるが、何故彼がこんなにも遊んで暮らせるのか理由を知りたくなって聞いてみた。すると、例のネットハッカーの大御所に色々恩恵を受けているとのことなのだ。彼の所在を教えてくれと頼み込むが、なかなか首を縦に振ってくれない。そこで、今ネットオークションにかけている自宅の電動ベッドと天才ハッカーの所在地とを物々交換しようと持ち掛ける。すると金持ちは電動ベッドに大層魅力を感じて、天才ハッカーの居場所のヒントを教えてくれる。
天才ハッカーを訪ねる前に、やるべきことがあった。それは、マリエは脅迫者の、ベルトランはいじめ動画を流している娘の同級生の、スマホを奪い取ることである。それらを天才ハッカーに何とかしてもらおうということなのだ。実際にはそれは割と簡単に成功した。マリエはこっそり男の部屋に忍び込み、ベルトランは面と向かって娘の同級生と対峙して、彼らのスマホをそれぞれ手に入れた。その間クリスティンは、星の数はどうやって増やせるのかを独自に調べてみた所、ネットである場所に行き当たる。そこでは、沢山のインド人?バングラディッシュ人?達が、机の上のパソコンに向かってマウスをたたき続けていた。画面の向こうでオフィスの管理者は言った。1クリック75セントだ。星は買えるのだ。…だがそんなお金を払わなくても、天才ハッカーに頼めば解決するはず。
3人は、天才ハッカーがいるという、風力発電の風車が立ち並ぶ平原へ、彼の住処を探しに出掛けた。衛星画像でバレるから、お面をつけて探索を進める。見つけた一基の風力発電の風車に天才ハッカーは確かに居た。彼にできないことはなさそうだ。クリスティンの星のからくりも教えてくれた。だが、動画をなかったものにする、これだけはその天才ハッカーでもできない所業であった。つまり、マリエとベルトランの望みを叶えるのは天才ハッカーでさえもお手上げだったのだ。データがどこにあるかまでは判る。マリエのはカルフォルニアで、ベルトランのはアイルランドだ。だが、それが判ったところでどうなるものでもない。
こうなったら、データのクラウドを管理している企業へ出向くしかない、と、マリエとベルトランは思った。だが、そんなお金があるはずもない。マリエなんて固定資産税の滞納で家を失くすかもしれない状態だし、ベルトランだってちっぽけな合金屋を営んでいるに過ぎず、その日の暮らしでやっとである。…と思っていたら、ベルトランが所有していたオンボロのディーゼル車が、自殺をしたいという人の目に留まって結構な値段で売れたのだ。このお金でカリフォルニアとアイルランドのクラウドを取り返しに行ける!(もちろん実際に「クラウドを取り返す」などということは不可能なのだが、天才ハッカーの説明をそのように曲解している2人なのであった。)
マリエはカリフォルニアへ、ベルトランはアイルランドへ、それぞれ空港から旅立った。クリスティンは、自分を雇っているタクシー会社の本社へ出向く。そう、自分の星が少なかったのは、本社がネットを操作していたからなのだ。ドライバーの星が少なければ少ないほど賃金を抑えることができるから。クリスティンはチェーンソーで本社のパソコンをぶった切る。クビ上等だ。
ベルトランはアイルランドへ行くと言っていたが、実際には行かなかった。代わりにモーリシャス行きの飛行機に乗ったのだ。そしてモーリシャス空港で、あの愛しのミランダに電話を掛ける。ミランダがいつもかけてきていた電話番号に電話して、モーリシャスの自然博物館で待ち合わせをしよう、と誘ったのだ。自然博物館でベルトランは長いことミランダが来るのを待ち侘びた。そこでは自動音声で、博物館の設立の背景や、展示物の説明が流れている。団体客を案内するガイドも自動音声と全く同じ説明を行っている。人間が絶滅させた、モーリシャス固有の鳥、ボーボー鳥の説明も繰り返される。ボーボー鳥は体が重たくて飛べず、環境に適応できなかったのだ。
結局ミランダは自然博物館に来なかった。ベルトランは電話番号を頼りにミランダが在籍している会社の場所を探り出す。だが、そこで待っていたものは、一基のAIだった。部屋の真ん中にぽつんとAIが鎮座している。ミランダは自動翻訳機で会話を行っている、AIだったのだ。
一方、マリエの方はカリフォルニアに到着し、クラウドを扱っている会社に突撃するのだが、もちろんそこはデータシステムだけを置いてある場所で、強固な警備員も常駐しており、突破することは叶わなかった(突破したからといって何かができたという訳でもないだろうが)。失意のまま、近くのカフェのカウンターでお茶をしていたところ、老紳士に一杯誘われる。お酒はもう飲まないと思っていたのに。飲むと止まらないし、ロクなことにならないから。だが、気づくとマリエは彼の家で朝を迎えていた。恐る恐る部屋を徘徊してみると、昨夜の行為の残骸と思われるグッズがそこここに散乱している。その上、その家には、動画を撮影するシステムが完備されていたのだ。…また同じ過ちを繰り返してしまった!また自分のセックス動画が世界中に晒される危機だ!
マリエは慌てて息子のシルヴァンに連絡を入れる。ママをググっちゃダメ!と。そして、結局なんの成果も持たないまま、フランスへ帰る飛行機に乗るのだ。機内では今度こそ、お酒は飲まない。代わりにカップヨーグルトを2つ頼んだ。
フランスに辿り着いて、マリエはすぐさまシルヴァンの所へ向かった。あれほどママをググっちゃダメと言っておいたのに、いやそう言われれば逆に当然のこと、シルヴァンは母マリエのことをググっていた。ところが、そこに出てきたのは、世界中を巡りながら、世界中で善行を積むマリエの姿だった。あの老紳士は、酔ったマリエから愚痴と現状を聞いて、マリエのプレイ動画を加工して、マリエを聖女に仕立て上げてくれたのだ。ママってすごい!と感嘆するシルヴァン。
アメリカから持ち帰った唯一のお土産。機内から持ち帰ったヨーグルトのカップを糸電話に加工する。それを一方はシルヴァンに持たせ、一方は自分が持ち、マリエとシルヴァンは会話をする。マリエが愛している、と言うと、息子も僕も愛しているよ、ママ、と答える。
ベルトランは、モーリシャスの海に自分の携帯電話を投げ捨てる。そして浜辺の貝殻に耳をあてて、架空の会話をする。フランスのこちら側ではヨーグルトの糸電話で会話。
そんな問題、月から見たらちっぽけよ。
何もないと全てが単純で明確なのだ。
ラストは、地球の上を無数に衛星が乱れ飛ぶ画面。そしてそれがどんどん引きの画面になり、やがて青い地球の俯瞰となる。更に地球を見下ろす形で、月のクレーターの大地が映る。この月から地球を見ているという構成だ。
そしてエンドロールが終わった後、月のクレーターの手前をドードー鳥が横切る。