TOKYOプレミア2020作品。イスラエル映画。
胸にぐっとくる作品。少しの可笑しみを添えて暗くなり過ぎない展開になるよう工夫してあるけれど、このありそうで無さそうな、いやあってはいけない胸を締め付けるストーリーこそが、今のシナイ半島の一部の現実を表しているのだろう。
人が人を思う気持ちは、親が子を思う気持ちには、国境なんか無いはずなのに。
主役のサラーが、故郷に帰る為に息子の遺体を抱き続けている様は、もしかしたら常軌を逸したことなのかもしれない。けれど、何事においても、きちんと終えなければ次に進めないことがある。きちんと終える事が、その意思が大切なのだ。世界の混沌とした歴史に於いても同様なのだ、と伝えているかのように私は感じた。
以下ネタバレ。
心臓病で生まれたパレスチナの子供はイスラエルで手術を受ける。
多くの子供が助かって、その後の生活を支障なく送れるのだが、彼の子供は違っていた。
まだ赤ん坊の幼い小さな息子。
手術の甲斐なく亡くなってしまったのだ。
病院で茫然自失の父。現実を受け入れることができない。医者も最善を尽くしたとは言ってくれた。だが、悪いが移送費は出せない、とも。
息子を…息子の遺体をパレスチナに連れ帰らなければならない。金も殆ど残っていないから、バスを乗り継いでいかなければならない。
自分の母親に嘘の電話をする。つまり、まだ赤ん坊が亡くなったと言えなかったのだ。妻のラナには2~3日中に連絡をすると伝えて、と言って電話を切る。
病室に戻り、息子の遺体にキスをして、毛布でくるむ。看護士が荷物を入れる用に持ってきてくれたカバンに、ぬいぐるみなどと一緒に息子の遺体を入れる。そして大切に抱きかかえて病室を出る。
バス停でバスを待つも、気持ちは彷徨う。夜の廃ビルにたどり着き、屋上に出る。街を見下ろしながら…あと一歩か二歩進めば飛び降りられる。
…翌朝、ビルに工事に来ていた人に起こされる。
暗転。
イスラエルとパレスチナの境界地点。検問所。沢山の人が並んでいるが列は一向に進まない。その内兵士がやって来た。なんということか、外出禁止令が出て越境できないというのだ。遠くの地でPLOとイスラエル軍が接触したらしい。並んでいる人は皆手荷物検査を受けるが、彼は息子が入っているカバンを開けることを断固として拒否する。兵士に取り囲まれて暴行を受ける。カバンも蹴られる。(このシーン、すごくショックだった!)
結局、取り調べの後に彼の状況が判ったので、兵士は彼に謝る。すまない…だけど越境はさせられない。病院に戻ってみたら?
だが、彼は息子を連れ帰らなければならないのだ。イスラエルはひどく暑い。息子の遺体を入れたカバンから臭うようになってきた。バス停でバスを待つ時にも、同じ列の老人から「何か臭うな?」と指摘される位になってきた。だから、彼はバスに乗っても一番後ろの席に座った。が、臭いが気になって途中で降りてしまう。もう歩くしかない。
暑い。喉も乾いた。水の出ない水道の蛇口から水を舐めとる。
そろそろ臭いだけでなく、カバンから体液が漏れてきた。どうにかしなくてはならない。ショッピングモールへ入る。通路で一人の女から新聞の勧誘を受けるがそれどころではない。サンプルとして差し出された新聞を奪い取り、ショッピングモールの女子トイレに入って作業を行う。カバンに新聞を入れて、少しは改善されることを願う。さっきの勧誘の女が入ってきて咎める。ここは女子トイレよ。しかし、男は「息子だ」と言う。
女は仕事を終えて帰宅しようとするが、思い直してモールに戻る。すると男の姿は消えていた。だが、車で走っていると、途中で男を発見したので、拾って車に乗せる。最初は拒絶されるが、外は暑過ぎる、息子さんのためだと言って乗せたのだ。あなたの家の近くまで送ってあげると。私はミリ。あなたは?サラーだ。息子の名はオマール。
だが、行く手には強固な検問所があり、Uターンを指示される。ここで飛び降りる、とサラーは主張するが、ミリはそれを思い留まらせて、自分の家に連れて行く。
ミリは目の不自由な母と2人暮らしであった。突然の来客がどうやら若い男だというようで、嬉しいやら困惑しているやら、といった感じだ。とりあえず赤ん坊…オマールを何とかしなければならない。冷蔵庫にしまうのが一番手っ取り早い。そこで、冷蔵庫を空にして、中身をアパートの階下の家に持って行った。冷蔵庫が壊れたの。一晩そちらの冷蔵庫に入れさせて。母にも冷蔵庫が壊れた旨を伝える。危険だから開けてはダメ、とも。そして、サラーに風呂を貸す。サラーはオマールを丁寧に綺麗に洗う。
清めたオマールを冷蔵庫に入れる。
サラーは語った。オマールという名前は、「ドクトル・ジバゴ」という映画の主演の俳優にちなんで付けたのだ。自分の母親は、オマールは主演の俳優に顎が似ていると言っていた。主人公は、ロシア中をあちこち旅するんだ。争いから逃げるために。結局逃げられなかったけどね。
ミリはパソコンで、検問所の場所を調べると同時に、遺体の腐敗処理のことも調べようとするが、途中でやめる。
翌朝、冷蔵庫を借りている階下のおばさんが勝手に家に入ってきて、勝手に冷蔵庫を開ける。オマールが居るのを発見して大騒ぎだ。それはそうだろう。ミリとサラーはオマールを包み直して、車で検問所を目指す。突破しやすい検問所があるかもしれないし、外出禁止令が解かれたらすぐに越境するためには検問所の近くにいた方がいいからだ。道中、ミリの携帯電話に新聞の勧誘の仕事の雇い主からさんざん𠮟責の電話が入るが、仕事なんてもういい、辞めてやる、とばかりに一路サラーの故郷を目指す。
だが、スマホの情報が古いのか、道に迷ってしまったようだ。エルサレムに戻った方が…。
ミリは妊娠中ということもあり、水分を沢山取る上、トイレが近い。車を運転しながらもちょくちょくトイレに行きたくなる。今度もまたトイレに行きたくなったが、全くの見知らぬ街である。道で遊んでいた子供に喫茶店の在りかを尋ねると、案内してくれたのはイスラエル人が入るのはためらわれる感じの、パレスチナ人が集う店だった。案の定、店にたむろしていた男たちからミリは品定めをされるように見られ、立入禁止だ、と言われる。だが、ミリは、無理だわ、と言ってひるまずトイレを借りる。妊婦はトイレを我慢なんかできないのだ。トイレから出て来ると、店にたむろしていた男たちとサラーの間で何か話がついているようだった。2人は店の男たちに連れられて外に出る。外には巨大な壁がある。パレスチナ自治区とイスラエルを隔てる大きな壁だ。壁の前にしばし佇むサラーとミリ。
男たちに案内されたのは、村の導師の所であった。そこではかなりの有力者である。彼に、オマールをここで埋葬するように提案される。手厚く葬ると。だが、サラーはそれを断って出ていく。
またロードは続く。食事をとるために入ったファーストフード店でチンピラに絡まれる。パレスチナ系と思われる彼らは、サラーがイスラエルの妊婦を連れているといって、酷い言葉を投げつける。格闘になりかけたところに警察がやってきて、サラーとミリはその場から逃げることができた。今夜は車中泊だ。コヨーテのような獣の鳴き声がする荒野で夜を明かす。
朝、ミリが目覚めたら、サラーが居なくなっていた。荒野に一人、置き去りにされたのだろうか?だが、オマールの入ったカバンが残っている。やがてサラーが戻って来た。どちらからともなく、抱き合う2人…。
突破できそうな検問所を探す道中は続く。カーラジオも聞き飽きた。ミリの母が車の中に残していた古いCDがあるのでそれを聴くことにする。母はフランス人だった。フランス語も話さなかったし、フランスの話はあまり聞いたことがないけれど。しばらくしてある曲がかかった時に、突然サラーが曲をやめろ!と怒鳴る。こんなに激高するなんて…。サラーはその曲の歌詞を翻訳する。それは、子供ができた喜びを歌ったものだったのだ。今のサラーにはとても耐えられない曲だった。サラーは後部座席に座っている息子の姿を想像する。生きて成長した息子の姿を。
どうもまだ外出禁止令は解かれていないらしい。ミリは電話で誰かと何かを交渉して決めてきた。知り合いが勤めているホテルに行こうというのだ。ヨアフが力になる、と。
着いたホテルは死海のほとりにある高級ホテルであった。そこに従業員姿のヨアフがいた。彼はミリとサラーに話した。エリコの近くで国境を越えることができる。だが、自分の休みの日にしか動けないからしばらく待ってくれ。ヨアフはホテルに部屋を用意してくれた。サラーは車の中に置いたカバンを取りに行くが、すごい臭いだ。厨房から氷をもらってきてバスタブに張る。とりあえずオマールをバスタブに入れて扉を閉めておくことにする。
ホテルの窓の下にはプールがあって、沢山の宿泊客が寛いでいる。サラーは、プールで遊ぶ息子を想像する。
合鍵を使って部屋に入って来たヨアフに、バスタブの中のオマールを発見されてしまう。やはり氷水ではあまり効果がないようで、食物を冷凍する倉庫に保管するように促される。サラーはとても離れ難いが、あと何時間かの辛抱だから、と説得され、渋々従う。
ヨアフはホテルの職場に恋人が居て、ヨアフと彼女とサラーとミリとで4人で食事をとることになった。その中で事情を知らないのはヨアフの彼女だけである。そのせいかどうか、割と空気の読めない女で…恐らくミリをヨアフの元恋人だと察知したのもあるのだろうが…場には何とも言えない白けた雰囲気が漂う。いたたまれずに一人バーへ移動するサラーであったが、そこでは歌手がショーを行っていて、あの歌を歌っていた。車の中で聴いた、子供ができた喜びを歌ったあの歌。2人はいずれ3人に…から始まって、それが全て実現した時自分を小さく感じるだろう、と締める歌。サラーは茫然とその歌に聴き入る。

一方、何かおかしいと、ヨアフの彼女は感じていた。いくら空気が読めないといっても、サラーとミリの事を怪しんだのだ。あまり用事あるとは思えない冷凍倉庫に彼らが行くのを盗み見て、疑惑は更に強まった。彼女は勝手に倉庫の鍵を開けて、中にカバンを発見する。驚きのあまり…というか、確信的に、彼女はカバンを厨房に置き、ホテルはもう大騒ぎとなった。
カバンは厨房から救急車で運ばれたらしい。ヨアフに事を知らされたサラーとミリは、大慌てで救急病院へ出向こうとする。だが、オマール(がいるカバン)を失ったサラーはミリを責める。余計な事をしてくれた、と。何故ここまで構うのか?暇潰しか?スリルか?
そう言われたミリも激昂する。そばにあったナイフで自分の腕をザックリと切る。スリルですって!?これでもスリルだとあなたは言えるの?という風に。
腕の傷を名目に、救急病院へ辿り着くサラーとミリ。当直の医師はのんびりとした感じで、受付の所に名前を書いて〜とか何とか言っている。医師のパソコンの上にミリが腕の血を滴らせると、ようやく慌てて治療にあたってくれた。治療をしながら四方山話で、今日運び込まれた赤ん坊の遺体の話をする医師。オマールは、手当てを受けている正にその室内のベッドに寝かされている事が判った。医師が包帯を取りに行っている間に、サラーとミリはオマールの奪取に成功する。
そのまま車を走らせている内に、検問所にぶつかった。腹を括って検閲兵に事情を説明する。すると兵士は、あと数時間で外出禁止令は解除されるので、その後の巡回の時にサラーとオマールを一緒に車に乗せてパレスチナに連れて行く、と請け負ってくれた。
帰れる…サラーとオマールはパレスチナに帰れるのだ。同行しようとするミリは兵士に止められる。サラーはミリを振り返る。ここでミリとサラー(とオマール)は別れとなる。恐らくもう二度と会うこともないだろう。

(2020年洋画)