思っていたより面白かった。監督の手腕なのかもしれない。「22年目の告白 私が殺人犯です」の入江悠監督。
※次のキーワード以降はネタバレ含みます。
私は本作のキーワードを「反射」だと受け取った。実際に要所要所に反射が大切な役割を担うシーンがある。だが、これはキーワードであるだけであり、作品のテーマはそこではない。そこではないのだが、ある種、寿命ではなくAIに生かしてもらう世界というのは、人間の「鏡に映った世界」なのかもしれない。
ただ、自分で書いておきながら、なのであるが、AIに生かしてもらう、という表現は誤っている。当初(予告編からなどで得たイメージから)は、そんな風に人間がAIに生かしてもらう感じの話の展開なのであるのかと思っていた。それが故に逆説的に、AIが人の優劣を決め、生きる価値がないと判定された人間に対し、命を抹消する恐ろしい社会がやってくるのだ、と。しかし、よくあるSFのようにAIが勝手に暴走する訳ではなく、暴走したのは人間なのだという(割と最初の方から判り易い)オチに至る展開なのだ。このオチが、暴君と科学をミックスさせるととてつもなく恐ろしいことになってしまうという、警鐘のようなものになっている。AIは勝手に暴走なんかしないんだよ。げに恐ろしきは人心なのだ。
(だからといってAIが凍死寸前の心(桐生《大沢たかお》の娘)に優しく毛布をかけてあげたりそこだけ暖かくしてあげたりはしない。それをすると別のSF…手塚治虫の世界になってしまうからね。)
二桁以上の四則演算もままならない根っからの文系である私には、「植物の成育法則から導き出される医療に役立つAI」の仕組みなどはなから理解しようと試みることはなく、ただただこのような発明をしてくれる方々に対して有難いという思いしか湧かないのだが、こういう純粋な信念から産み出された科学を悪用するのは、必ずや政治家などの文系人種なのだなぁ…!政治家がすべからく文系ではないだろう、とかそういう所はここでは議論の対象にして欲しくはないのだけれど。やはり科学に対する尊敬や正しい理解を文系理系関わらず全ての人が持つことが大切なのだと思わせられる。それと色々な意味での寛容性も大切なのだなぁ、と。

(2020年邦画)
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