ともかくさじ加減が絶妙。ここまで繋がるのか?!と舌を巻く。随所に皮肉が散りばめられ、人間の業の深さが感じられる。例え観客賞でなかったとしても、今年のコンペ作品の中では、本作1、2を争う作品だった。私の中では。
ただし、本作は絡み合う群像がすとんと落ちて行く所が面白いのであって、私がこれまで東京国際映画祭の作品について詳細に記しているような内容を鑑賞前に知ってしまうのは興醒めである。とはいえ、自身の備忘録の為にも内容を書いておきたいので、以下詳細を記すが、未見の方は絶対に読まないでいただきたい。
冒頭、ヤギを背中におんぶして黒人の青年が自転車で街を走る。ヤギを背負ったまま自転車を降りて一軒のアパートのドアを叩き、「ロレックスです。サヌー師を。」と面会を求める。これがプロローグである。
「アリス」
雪の山道を1人の女が車を走らせる。一軒の農家に着く。犬が出迎える。訪問相手はどこにいるのかな?と思って「ジョゼフ!」と呼ぶと、ジョゼフが森の方からやってくる。「誰かいるの?」という女の問いかけに「僕の話し相手は動物と犬だけ」と答える。女は保険関係の書類を届けに来たようだ。だがそれだけでなく、男にコナをかけ、2人は部屋でヤル。だが、男の方はヤッていてもどうも身が入らないようだ。ジョゼフは問題を抱えているらしい。あの雑音が聞こえるんだ、と。それはいつものことであったが、今日は特に。
女は帰路に着く。途中の高原で1台の自動車が止まっているのを追い越す。
女の名はアリス。一家で家畜を飼っている。夫のミシェルは、最近では一緒の食卓に付かずに、事務仕事が残っていると言って納屋の方にある部屋に篭ってパソコンを叩いている。テレビで行方不明の女性の情報が流れた。高原に止めた車の中に愛犬を残し、忽然と姿を消してしまったのである。そういえば、今日追い越した自動車は、行方不明の女性のクルマだったのかも。ミシェルは、不明女性は夫を愛していなかった、だから失踪したのだろう、と言う。
警官のセドリックが訪ねてきた。行方不明の女性エヴリーヌについて聞き込みにきたのだ。アリスは、今日追い越した自動車がエヴリーヌのものだったのではないか?と言う。確かにその通りらしい。車を高原の道沿いに置いたまま、エヴリーヌは失踪してしまったのだ。
アリスは翌日またジョゼフの家を訪ねる。またジョゼフの姿は無い。納屋まで行って探してみる。すると、驚いたことにジョゼフの犬が撃たれて死んでいたのだ。背後からジョゼフがやって来たので、どうしたのかと聞くと、誰かが撃った、とジョゼフは答える。何故ここに来たんだ?と逆にジョゼフはアリスに尋ねる。だって愛しているから、とアリスが言うと、興味ない、とジョゼフは答え、アリスは追い出される。
アリスが泣きながら家に帰ると、夫が謎の電話をかけていた。かなり激昂している。告訴なんかしない!と叫んでいる。何のことだろう?もしかしたら、ジョゼフの犬を殺したのは夫なのだろうか?私たちのことに気づいて?しかも夫は電話の後すぐに出かけていき、殴られて帰ってきたのだ。犬を殺したのはあなた?と聞いても答えはない。
翌朝、夫がいなくなっている。アリスは警官のセドリックを呼んで、ジョゼフのことを告白する。ジョゼフの様子が変なことも。そうだ、ジョゼフは母親が死んでからずっとおかしな感じだった。そして例の高原の道沿いに行ってみる。そこで2人はアリスの夫の車を見つけるが、誰も乗っていない。
「ジョゼフ」
ジョゼフはある吹雪の晩、夜中に犬の鳴き声で目覚める。遠くに車のヘッドライトが見える。
翌朝犬が発見したのは、布でくるまれた女の遺体であった。そこにアリスが車でやってくる。冒頭のシーンだ。
ジョゼフは遺体を森の脇に隠し、アリスと家の中に入る。だが遺体が気になって気もそぞろだ。アリスが帰った後、遺体を車で運んで森の奥に隠そうとするが、思い留まり車の中に戻す。そして、どうして欲しい?と遺体に話しかける。
ジョゼフは夜中に納屋の藁の束をトラクターでどかし、奥に遺体を入れてまた藁の束を積む。ちょうど人が1人入れる位の隙間を作って、そこに気に入りの物を運ぶ。警官のセドリックが行方不明の女性のことを聞きにやってくるが何とかごまかす。
ジョゼフは遺体に枕を与え話しかける。そして遺体と添い寝する。ここは雑音が無い。
だが、平穏は束の間であった。犬が遺体を見つけてしまったのだ。あまり騒ぐので、ジョゼフは犬を撃ち殺す。これで遺体と2人きりだ。ジョゼフは想いを巡らせる。…去年の夏、おふくろが死んだ時、通報できなかった。遺体を長いことベッドに置いて腐るまで…。幻想の中で、隣に添い寝する遺体の女と会話をする。女は優しく微笑んで言う。いいのよ…。
だが、アリスが2度目にやって来て、犬が死んでいるのを見て騒ぎ出す。アリスを追い出し、ここは危険だ、と遺体を運び出す。森の奥へ奥へと。そして森の奥にぽっかりと空いている深い穴へ落とす。さらに自分もその穴に身を投げる。
「マリオン」
若い女がレストランで働いている。マリオンだ。その店にはマリオンよりずっと年上の女が客として来ていて優しく微笑んでいる。先の遺体のエヴリーヌだ。エヴリーヌがまだ生きていた頃の話だ。
マリオンとエヴリーヌはレズビアン関係だった。マリオンはエヴリーヌが好きで好きで堪らなかった。だが、エヴリーヌの方はと言えば、家庭もあるし、マリオンとは一時の火遊びに過ぎないように見えた。例えばコートダジュールのエヴリーヌの家にマリオンが行きたいと懇願しても、そこは夫の家だから絶対にダメ、とエヴリーヌは冷たいのだ。
マリオンが朝起きたら、エヴリーヌは既に出立の準備をしていた。エヴリーヌは去り、マリオンはある決意をする。何もかも捨ててエヴリーヌを追うのだ。ヒッチハイクで旅を始める。とある車が止まってくれそうになった。そこに乗っているのはアリスとミシェルの夫婦の車だった。だが、止まってくれそうだった車は、ミシェルが急発進させ止まってくれない。乗せてもらえず、なにさ、と思うマリオンであった。
ようやくエヴリーヌの家を見つけた。サプライズで訪問だ。エヴリーヌは当惑しているが、構うものか。マリオンはエヴリーヌに猿のマスコットをプレゼントする。マリオンは真剣だ。一生に一度の出会いだと思っている。エヴリーヌは言う。私は20も年上なのよ。ともかく…ここは夫の家だから泊められないわ。エヴリーヌは、マリオンを車で送って安ホテルに案内し、お金を渡す。バカにされたような気がしてマリオンは憤る。案内されたホテルには泊まらずに、キャンプ場へ行って管理人に頼んで一つのキャンピングカー形式のバンガローを借りる。本当はシーズンオフなので貸し出してはいないのだが、無理を言って貸してもらう。
エヴリーヌが訪ねてくる。犬を連れて来ている。マリオンは皮肉も込めて尋ねる。1人が好きなのに何故犬を?エヴリーヌは答える。私ではなくこの子が飼って欲しがったのよ。マリオンは、私も飼って、と言う。あなたは魅力的過ぎて手に余るわ、とエヴリーヌ。2人は愛し合うが、やはりエヴリーヌは去って行くのだ。
1人残されたマリオンはなかなか寝付けない。夜中、キャンピングカーの外に人気がする。恐怖を感じる。まんじりともせずに夜が明け、恐る恐る外に出ようとすると、キャンピングカーのドアにお金が挟まっていた。お金なんか要らない、あなたが欲しいの、と涙するマリオン。
そしてまた夜がやって来た。エヴリーヌはまた来てくれたが、別れを切り出される。激しく口論をするもエヴリーヌの決意は変わらない。そしてエヴリーヌはマリオンを置いて去って行った。去って行くエヴリーヌの車の後ろを何者かの車がつけて行く。
また日が過ぎて行く。マリオンはキャンピングカーに1人、無気力なまま残っている。あれ以来、エヴリーヌはやって来ない。やはり別れは現実のことだったのだ。そこへ警官のセドリックが尋ねてくる。質問がある、というのだ。セドリックはエヴリーヌの聞き込みを続けていたのだ。マリオンは遂に告白する。いつだったか、嵐の夜よ。そう、私たちはベッドをともにしたの。
その後、突然ミシェルがやって来て、キャンピングカーに押し入ろうとする。そしてマリオンのことをアマンディーヌと呼ぶ。マリオンは必死に抵抗し、ミシェルを殴る蹴るして退散させる。
「アマンディーヌ」
コートジボワールの雑多な街角。アルマンという黒人の青年が仲間とたむろっている。
ロレックスというリッチな黒人が幅をきかせている。ゴージャスな車に最新のファッション。ヤツは黒魔術でがっぽり稼いだらしい。黒魔術といえば、あのサヌー師の所に行けば、成功の秘訣を授けてくれるという話だ。
仲間たちと共にたむろって、PCを使って成りすましのチャットを送る。アマンディーヌという名の女に成りすましたのだ。チャットに引っかかってきた相手はミシェルであった。
これは手応えがありそうだ、と踏んだので、更に架空の女の写真を見せたり、適当な話を作ってお金を要求する。
そしてもちろん、サヌー師の所に行く。黒魔術で稼ぐのだ。アパートの一室にサヌー師は居て、威厳のある様子であった。サヌー師はアルマンを前に問答を始める。アルマンの考え方や覚悟を見定めているのだ。偶然には勝てん、愚か者め。愛とは無いものを与えること。あるものを与えるのは快楽。こんな問答の内に、アルマンは単刀直入に要望を切り出す。黒魔術でがっぽり儲けたい。サヌー師はアルマンに、望みが叶ったら相応の謝礼をするよう、決してそれを忘れないよう釘を刺す。
アルマンはミシェルから1000ユーロを手に入れた。架空の女アマンディーヌの御涙頂戴話をミシェルは信じたのだ。濡れ手に粟のその金で、アルマンは豪遊をする。クラブで派手に遊び札束をばら撒く。サヌー師への謝礼のことなどすっかり忘れている。
モニークがクラブにやってきた。相変わらずいい女だ。モニークは元カノで、今モニークの家に置いてきている娘はアルマンの子供のようだ。アルマンとモニークはクラブを出て、モニークの家に行く。そこは豪華なマンションで、フランス人の投資家が住まわせてくれている。つまりモニークはフランス人の投資家の愛人なのだった。モニークは言う。アルマン、フランス人とは別れられないわ。だから期待しないで。アルマンはモニークに、いい暮らしをさせると約束する。
そして場面が変わって、マリオンがミシェルたちの車をヒッチハイクしようとして急発進された場面になる。
サヌー師はアルマンにご立腹であった。アルマンが成功したくせにサヌー師に謝礼を払っていなかったからだ。サヌー師はアルマンに、4000ユーロの謝礼を払え、と通告する。さもなければ…。
ミシェルが、マリアに黙って夜出掛けたのは、マリオンの所に行くためだった。ヒッチハイクで乗せようと思っていた女性が、隠れてチャットをやっている相手アマンディーヌに他ならないと思ったので、彼女の居所を突き止めたのだ。今までのらりくらりとかわされてきたが、どうしても本人に直接会いたい。もちろんアマンディーヌとはマリオンが作った架空の女なのだが、チャットの添付についてきた写真がマリオンそっくりだったので、ミシェルはマリオンをアマンディーヌだと思い込んだのである。そして、マリオンが泊まっているキャンピングカーの中を見ると、アマンディーヌは…つまりマリオンはエヴリーヌと激しく喧嘩をしていた。例の別れ話をしている所に遭遇したのである。これは、…恐らく、アマンディーヌがチャットで「困ったことがある」と言っていたことのその原因だ。いや、きっとそうに違いない。アマンディーヌはこの長身の女に脅されているのだ。そう思い込んだミシェルは、エヴリーヌがキャンピングカーを立ち去った後、彼女の車の後をつける。そして高原の路肩に車を止めさせる。車の中から出て来たエヴリーヌに、人を苦しめるな、と激しく責め立てる。何の話?あなた誰?…誰でもない。激高したミシェルは、エヴリーヌの首を絞めて殺害してしまう。
大変なことをしてしまったが、今更どうにもならない。ミシェルはエヴリーヌの車の中に積んであった毛布にエヴリーヌの遺体をくるむと、自分の車に乗せてその場を走り去る。そして、ジョゼフの納屋の近くに遺体を置き、あとは任せる、と呟く。
コートジボワールでは、アルマンがいつものように仲間大勢でひとつの部屋にこもり、カモを探してチャットをしていた。なにせサヌー師に4000ユーロ支払わなければならないのだから。すると突然コートジボワール警察が乗り込んできて、その場にいた全員が一斉に逮捕される。取り調べを受けるアルマンの前で、警察が被害者に電話をかける。その内のひとりがミシェルであった。ミシェルには、はるばるコートジボワールからかかってきた電話の内容がにわかには信じられない。電話の向こうは警察だと名乗り、ミシェル自身が被害者であると通告し、告訴をするかどうかを問いかけてくる。告訴なんかしない!…そもそもアマンディーヌはあのキャンピングカーに存在していたではないか。いてもたってもいられなくなり、ミシェルはキャンピングカーのある場所へ向かう。これが、先のキャンピングカーへの謎の訪問者であり、マリオンが抵抗して殴る蹴るをしたために、ミシェルが打撲を負って帰宅した朝の様子に繋がるのである。ついでに言うと、その前にキャンピングカーのドアに挟まっていたお金は、エヴリーヌがマリオンに施したお金ではなくて、ミシェルがアマンディーヌに…つまりはアルマンがチャットで創り出したアマンディーヌの架空の身の上話のために、そっと置いておいたお金なのである。
自分が騙されていたことを知ったミシェルは、コートジボワールを訪ねる。自分をカモにしたヤツを探して、コートジボワールの雑多な街を歩く。その頃、アルマンは出所してきたばかりであった。出所して一番最初に会いたかったモニークと通りで会う。モニークはアルマンに、フランス人の所へ娘と行くのだ、と告げる。フランス人が自分たちを呼び寄せて来たのだ、と。つまり、もう二度と会えないのだ。アルマンは、娘を頼む、と言って、モニークと別れる。
ミシェルはアルマンをみつけ、路地へ連れ込む。楽しんだか?人を笑いものにして!と詰め寄る。アルマンは、金なら返す、と言うが、金なんかどうでもいい!とミシェルは答える。
モニークと娘は、コートジボワールを発った後、フランスのフランス人投資家の家に到着した。そこは雪の中、エヴリーヌが住んでいたあの家であった。
Q&Aはミシェル役のドゥニ・メノーシェ、マリオン役のナディア・テレスツェンキーヴィッツが登壇。
ドゥニ・メノーシェ:監督のドミニク・モルはドイツ生まれだが、パリとNYに住んでいる。フランスでは映画を作るシステムが整っているのでそれもあってのことだと思う。
ナディア・テレスツェンキーヴィッツ:監督は、自分が求めているものが何かをよく判っているが、自由にさせてくれる人でもある。スタッフも穏やかな温かい人を集めてくれている。
ドゥニ・メノーシェ:映画がこのように作れることがいかにラッキーなことかよく判っている。監督はボートのキャプテンのようなもの。クルーの選び方も良い。
ナディア・テレスツェンキーヴィッツ:愛されたい、愛を追い求めている登場人物がマリオンであるが、少し迷子になってしまっている。自分のラブストーリーを解き放つようなキャラだと思う。自分でもそれができた。
ドゥニ・メノーシェ:5月位に目の前をタイプな人が通り過ぎて行くのを見て、あ、この人が運命の人だ、と閃いてしまう、それがミシェルのキャラだと思う。そしてミシェルはそれに囚われてしまい、その瞬間をいつまでも、と思っている。
原作は全て一人称。日記のような形で書かれている。映画の方がそれを上手くまとめていると思う。原作の題名は「ONLY ANIMALS」…「動物だけが」で止まっている。原作者ブランニールの別の本を読んで、動物の方が人間的だという気がする。忠誠心のようなものは、動物だけにしか判らないと思っている。
ナディア・テレスツェンキーヴィッツ:脚本を最後まで一度も止まらずに相関関係図を書きながら読んだ。この役をもらえたのはギフト。直観だけを信じて進んでいくマリオンのキャラは、撮影が終わってからも自分の中に残っていた。
ドゥニ・メノーシェ:ドミニク監督の作品は大好きだし、「ファーゴ」のようなタイプの作品も好き。「素晴らしいバカ」というか。何も考えず、計画を立てずに、それがどうなるかとも思わずに、やってしまうという。
ナディア・テレスツェンキーヴィッツ:エヴリーヌ役の女優はフランスでも大女優である。彼女と共演するのは、感情的にも濃密であった。演技は終始彼女がリードする。次に何が起こるか判らないので、次に何が起こるか考えないようにするのが良いと思った。
ドゥニ・メノーシェ:僕は彼女を殺せたので楽しかった(笑)。グランプリを獲りたいので、5日(最終日)まで日本に滞在します。