コンペ作品。イラン映画。
監督のサイード・ルスタイは最優秀監督賞を、男優のナビド・モハマドザデーは最優秀男優賞を受賞。納得の受賞である。
イラン映画は割とセリフが多くて、そのセリフの波に飲み込まれてしまうのが嫌で敬遠しがちな私なのであるが、これは面白かった!そもそも警察物、麻薬取引物の映画はドラマ性と緊迫感があって好きなのであるが、それがイランという国で、というお国柄の面白さ、怒涛のような展開の面白さ、全て上手いこと合致している。
そしてともかく、全ての描写が凄い。混沌として狂気を孕んでいる。特に牢獄の中の描写。恐るべし。
白昼の逮捕劇の一幕。
イラン警察。踏み込んだ家には誰もいなかったが、部長刑事のサマドは外に出た時に自分の上の塀から落ちた影を見つける。男が塀伝いに逃げる為に塀に登っていたのが上からの影でわかったのだ。サマドはその若い男を追い掛ける。走っている途中で、若者はヤクが入っていると思しき白い粉の入った袋を投げ捨てる。とにかく逃れることを選んだのだ。しかし、飛び越えた金網の向こう側に偶然空いていた採掘場の穴に落ちてしまい、そのまま土を運搬してきたトラックがバックから土をかけて彼を埋めてしまう。サマドはすんでのところでその事実を見逃してしまった為に、どこをどう探しても、追っていた若者は見つからなくなってしまったのだ。
犯人は逮捕に至らず、手元には麻薬の袋が残った。これは懲罰の対象になり得る。というか、いくつか言い訳をしなければならない。署に戻ったサマドには説教や書類仕事が待っているようだ。
サマドは一度別れた妻と再び再婚した。だってほら、既婚者の方が昇進に有利じゃないか。妻はサマドの仕事についてはデスクワークを望んでいる。何故なら、ハミドの子供のことが妻にはトラウマだったからである。
サマドはアバシを逮捕した。アバシは言う。みんなナセルからヤクを買っているが、誰もナセルを見たことがない。4人いる手下の誰かが情報を持っているだろう。
つまり、ナセルの所に辿り着くのは、手下の4人の所に辿り着かなくてはならず、その4人に辿り着くには更に…という訳だ。
サマドは決めた。今回はやり方を変える。ヤク売買の末端から洗う。徹底的に。その中の誰かが情報を持っているだろう。
スラムで大捕物劇が展開された。白バイが沢山乗り込んでくる。スラムのヤク中たちは、みんな土管の隠れ場から一斉に出てくる。そいつらを全員連行した。
留置所は満杯である。立錐の余地もないとはこのことだ。警察は逮捕した彼らに言う。服を脱いで持ち物を全部出せ。そうしないと眠らせないぞ。だが、どうしても服を脱がない者がいる。よくよく聞いてみると…裸になれない。女だから。男のような格好をして、性別を偽って働いているからだ。この告白をした女性陣は、婦警に連れられて別の棟に行った。結構ぞろぞろと人波を割って移動していくのには笑える。
沢山のヤク中たちを連行して判明した売人の家を手入れすることになった。一軒の家を手入れするもヤクは出てこない。売人の名はレザム。妻に聞くと、レザムは買い物に行ったとのこと。子供達に聞いてもレザムはバイクでメロンを買いに行ったと。そのままレザムが戻ってくるまで張り込みを続けることにした。戻ってきたレザムが家の門扉を開けようとすると、妻がダメ!と叫ぶ。これはかなり怪しい。捕まえて身体検査をするもヤクは出てこない。諦めて撤収しようとした所、麻薬犬がレザムの妻に反応した。つまりレザムは、妻にヤクを持たせていたのだ。妻を連行して二度と娑婆に出れなくさせるか、売人の大元…ナセルの居所を吐くか、レザムの選択は二つにひとつである。レザムはナセルのことを告白した。だが、ナセル・ハグザドとは、電話で話をしたことはあるが、会ったことはないというのだ。それにナセルは明日には日本に経ってしまうそうだ。なんでも3億以上の取引があるらしい。
ところ変わって空港。空港のイミグレで、1人の男のX線検査を行う。なんと彼の身体には全身に麻薬が巻き付けられていたことが判る。ハサン・ダリリ。ナセルに繋がる売人だ。
ハサンは優れた情報を持っていた。姪がナセルの元婚約者だというのだ。そこで姪を警察に呼んで事情を聞くことにする。
元婚約者は美しい女性であった。彼女は、ナセルについて語るのを拒絶していたが、現在付き合っている結婚を考えている相手にナセルとの関係をバラすと脅されて、迷った末にようやく口を割る。何というか、彼と私は階級が違うのよ。品行方正であろうとしてもできないの。彼はすごく努力していたけれど、真面目にやろうとしてもつい地が出てしまう。チンピラでいる方が結局心地いいのよ。彼は睡眠薬無しでは眠れなかった。ほとんど毎晩。それとおかしな振る舞いをしていた。靴を履いて寝るのよ。安心するから、と。
サマドは更にナセルの住んでいる場所に案内するように迫る。そこまでナセルを売ることに、彼女は激しい拒絶を示す。だが畳み掛ける。留置所行きになれば今の婚約者に捨てられるぞ。彼女は泣きながら、サマドと車に乗ってナセルの家まで誘導する。
そこは巨大なペントハウスであった。贅沢の粋を極めた部屋。踏み込むと、すぐに大量のヤクが見つかった。ナセル自身は、屋外の温水プールに居た。酒と睡眠薬を大量に飲んで、昏睡状態となっていた。
次にナセルが気がついた時には、病院のベッドの上だった。手錠がはめられている。意識を取り戻したので、警察に移送される。廊下の手摺に手錠で繋がれる。そこには姪を売ったハサンも繋がれていた。お互いに睨み合う。覚えておけよ、という感じ。
ナセルはサマドを呼びつける。手錠に繋がれたまま、サマドに持ち掛ける。20億払うが、どうだ?足りなければもう20億。サマドは人を馬鹿にしたような表情で、考えておく、と言う。どこまで本気なのか?
ナセルは取調室に連行される。写真を撮ったり指紋を取ったりするのだが、移送される途中で壁に手を擦り付けて指紋を潰そうとする。刑務官がそれに気づき、ナセルを壁から引き離す。そして取った指紋を照合したら、麻薬所持で処刑されたはずの別人の身元が出てきた。ここにいるナセルとは一体誰なのか?
ナセルは牢に入れられた。大量の囚人が蠢くだだ広い空間だ。1人の男が近づいてきた。お前の弟ヴァヒドのことを知っている。ザムザムの地元にいるだろう?この牢屋ではあんたには敵が多い。刺されでもして助けを乞うのは恥だろう?
ナセルは言う。弟に俺を出させるとジャポネに言え。ジャポネはハミドの子を誘拐して殺した極悪人だ。ジャポネとは揉めていた。日本人との取引を巡って。
牢屋の連中と話していると色んなことが判ってくる。元婚約者が自分のことを売ったことも。エルハムが俺を売っただと?!1年も前に捨てた女に何を期待していたんだ?
この牢屋の描写が凄まじい。ともかく雑多に罪人が収容されていて、混沌を極めている。暑く不潔である。罪人同士の事細かなルールもある。外部との連絡を取りたくてももちろん無理なので、ある程度の金を積んで、携帯電話を使わせてもらう。罪人の中に携帯電話の元締めが居るのだ。借りた携帯電話は、トイレの中でしか使えない。看守に見つかるからだ。ナセルは携帯電話に金を払って、トイレで外部と連絡を取る。あまりに暑くてトイレに備え付けてあるホースで頭から水をかぶる。他のみんなにもかけてやる。
一方、署内でのサマドは苦しい立場に立たされていた。半年も前の押収物(ヤク)の紛失で、30回も裁判所通いをしている。そして今度はあの(冒頭の)犯人を見失った件だ。今度咎められたら終わりだ。だから、犯人を見失った件は、同僚のハミドに肩代わりをしてもらおうかと思い、交渉中である。
小難しく面倒な事務処理、上官からの叱責。ヤケになったのか、サマドは、ふいにナセルを移送すると言い出す。移送中、途中でナセルを下ろし逃がそうとするが、ナセルは一旦は走って逃げたもののとどまり車に戻る。俺を試そうとするな。移送車の中で、ナセルとサマドは激しく口論をする。このやり取りは圧巻だ。サマドはナセルに対し、ハミドの子供を殺したのはお前だろう、と迫る。誘拐して殺し、殺した後母親を呼び出して自分の子供の遺体を見つけさせたのだ。単なる絶望よりも酷い仕打ちだ。ナセルは憤る。俺はそんなことはしていない。俺を子供殺しと呼ぶな!と言って、ナセルはジャポネの居場所を吐くことになる。ジャポネのいるヤクの製造工場へ案内させるよう仕向けたのだ。
そこに向かう途中、追い越した車にナセルによく似た青シャツの男がいた。ナセルは移送車の中からその男に合図を送る。案内した場所は変哲のない納屋だった。ナセルに、地下にラボがあると言われて捜査員が地下に入った所、納屋は激しく爆発した。
サマドはまた署で事の顛末を話さねばならない。地下にラボがあると言われて行ったら、爆発したんです…。
ナセルは取り調べと同時に、自宅に踏み込まれた時の状況を、裁判官の前で説明する。いや、おかしいな。押収されたと言われている麻薬の袋の数が合わない。そう、あそこにあったアレらだ。その時その場所にいたのは部長刑事ただ1人ではなかったか?とハミドが言い出し、サマドは窮地に立たされる。ハミドは、(冒頭の)犯人取り逃がしの罪を被るようにサマドに持ちかけられていたことへの仕返しをしたのだ。裁判官によって、サマドは拘留されることが決定する。冗談ではない。サマドは拘置所の携帯電話の元締めの罪人に頼んで電話をかけさせてもらい、ナセルを逮捕した時の映像を至急入手してもらうように関係者に依頼する。裁判所が映像を手配するのを待っていたら、いつになるか判らないからだ。そして映像は急いで届けられ、サマドは拘留を免れる(ちなみにこれがタイトルの「ジャスト6.5」の元ネタである)。
ナセルの罪状は決まった。判決は死刑。控訴は棄却。そして諸々のことも。麻薬で儲けたものは、家財道具を始め全てが没収される。それだけは勘弁してくれ、とナセルは訴える。家族には不便な思いをさせたくないのだ。
うちに警察が来た晩、俺は自殺を図ったんだ。あと1時間遅ければ良かったのに。死にたくもなる。あんなに良い生活をさせてやった家族は、今では路地のどん詰まりの昔の家がいいと言う。知っているか?人がすれ違えない位狭い路地のどん詰まりにある家なんだぞ。向こうから人が来たら、家に帰るのに並んで待たないといけない。家畜みたいに。俺の金で5人留学させて、姪の2人以外は遊び暮らしている。弟のヴァヒドは俺を売った。自分なら上手くやれると思っているのだ。ただ1人愛した女は、他の男を選んだ。
最後の面会。ナセルの家族の一族郎党がやってくる。これが今生の別れであることが判っているので、涙涙である。そしてみんなであの路地のどん詰まりの家に帰って行くのだ。
絞首刑は夜中に行われた。沢山の受刑者が一列に並び、両脇から死刑台に登って行く。泣く者もあり、叫ぶ者もある。ナセルも絶望の内に、首に縄をかけられる。そして一斉に踏み板が外される。
サマドは、署で荷物の整理をしていた。妻が望んでいたデスクワークに転身するようだ。100万人だった常習者が650万人になっている。2000万人よりマシだろう?とはいえ…。ナセルのような親玉を逮捕すれば終わると思っていたが終わらない。
俯瞰の映像。幹線道路。逮捕されそうになり逃走する人々と車の列を映して終わる。
Q&Aの前に、来日予定だったが来日できなかった主演男優、部長刑事のサマド役のペイマン・モアディからのビデオメッセージが流れる。
登壇者は監督のサイード・ルスタイと、ナセル役のナヴィド・モハマドザデー。
ナヴィド:自らがナセルのファンである。
監督:最初に脚本を書いた時に、ジャポネのキャラクターがいた。次のドラフトではキャラクター自体が無くなった。ジャポネという名にしたのは、顔がとても日本人っぽかったから。
作中あったように、大勢をいっぺんに処刑するというのはないかもしれない。色々な地域で犯罪を犯した人は、各人によって取り調べや刑期が違うが、たまたま同じ時期に刑期が重なったりすると、あれほど大勢ではないかもしれないが、一度に執行することもある。
ナヴィド:(牢獄に入れられて)大勢で一つの部屋に入って、場所がないのでトイレで電話をしていると、元婚約者の裏切りとかが判って、ホースで水をかぶるシーン、あれは精神的に圧迫感を感じた。フィジカルな圧迫感もあった。人が増えてきてどんどん押されて、というシーンは圧迫感を感じた。特にエキストラで入った人たちは素人で、自分をコントロールできない人たちだったので、押されて圧迫感を感じた。監督がOKを出しても、後からカメラで見てみると、奥からカメラをじっと見ている人がいたり。それでやり直しになったりするが、自分としては又感情を立て直さなければいけなくて…。
監督:刑務所で「女だから脱げない」のシーンは、男性のフリをして仕事をしていたということで、トランスジェンダーだという訳ではない。
ドキュメンタリーではなくてフィクションなので、できるだけ現実に基づいて作るようにしているが、フォームと物語をとても大切にしていて、そこに手をかけている。その為には現実と離れてしまってもいいと思っている。
ナヴィド:映画で悪人を好きになってしまうことがある。白か黒かではなく、グレーの人間を。逃げる人は誰か?に興味を持ち、それを捕まえる警官に興味を持たないことがある。
ナセルは、1人の人間で家族を愛している。後から自分で弁護できるような役を演じたいし、演じているつもりだ。もし仮にヒトラーを演じたら、ヒトラーを好きになるように演じると思う。
監督:ナセルにはシンパシーを感じる、ナセルに少し気持ちが動くような撮り方をしたいな、と思っていた。全てのシーンはナセルの為に作ってくれ、とリクエストした。音楽についても。完全なバッドマンを見たくない。ナセルを描く時には、普通の人間で、周りにいるような人間として描きたかった。