ワールド・フォーカス部門。
とても良かった。そしてとても台湾映画らしい作品。何が「台湾らしい」のか?と聞かれると答えに困る部分はあるにせよ、私はそう感じた。そして随所で人生の諸行無常を痛切に感じさせる。
また、本作は、この第32回東京国際映画祭の後に開催された金馬奨で作品賞を含む5冠を達成した。
激しい雨。雨の降りしきる中、男が2人、バイクに2人乗りをしている。
目的地は食堂だ。厨房から入って、食事をとっている丸テーブルの客の1人に、バイクの男の内の1人が包丁を振り下ろす。男の腕がバッサリと切り落とされ、手先が机の上の煮えたラーメンの中に飛び込みうごめく。
車の教習所の風景。何度やっても試験に通らない教習生を、根気良く教える中年の男がいる。ずっとここで働いてきているのだ。
少年裁判所の風景。先ほどのバイクの2人乗りの少年が判決を受けに来ている。包丁を使った少年は、もう1人の少年のトラブルを解決するためにやったと供述する。だが、もう1人の少年の方は、脅すだけだと思ったのに…まさか本当に切りつけるとは…と言う。すると相手は逆上する。アハー、言えよ!全部俺に押し付けるのか?
普通ならそこで同席している両親が、何とか息子の心象をよくしようと証言するのだが、アハーの父親は違っていた。彼は言った。アハーはバイクを盗んだ。死ぬまで獄中に居て欲しい、と。
その父親は、先ほどの教習所のシーンで出てきた指導員である。
アハーは少年刑務所に収監された。息子がいなくなり、心なしかがらんとした家に、一人の少女が母親を伴って訪ねてきた。彼女は小玉(シャオユイ)といって、まだ14歳であるが、アハーの子を妊娠したのだという。突然のことに彼女たちを迎えた母はびっくり仰天だ。妊娠?!アハーが刑務所に入っているのは知っているの?…ここにいなければ責任を取ることもできやしない。いいわ、次は法廷で。と、シャオユイの母は捨て台詞を吐くのだった。
アハーの家は二人兄弟であった。兄は出来が良く、医者になる為に大学に通っていた。1996年4月19日生まれ。父親も、アハーに対してとは違い、兄に対しては期待もしているし目をかけている。
兄は授業中に良く会う女学生クオ・シャ・チェンと親しくなり、勉強が終わった後に帰路を共にしたりするようになった。ある日、近場で二人して散歩をしていると、司馬光の話になった。幼い頃から神童と言われていた司馬光の、極めて象徴的な話。いなくなった子供を仲間の子供達と探していると、司馬光が大きな壷の中に居た子供を壷を割って助けた、とかそんな話だ。だが、実は壷の中に入っていたのは友人ではなくて、司馬光その人で、司馬光は自ら隠れたくてそこに入っていたのだ、とか。
彼女と真に親しくなったのかならないのか。授業にも身が入らない(だがそれだけが理由でなかったことは後に解る)。
アハーの少年刑務所での生活は、初めは苛酷なものだった。同部屋に、ホアンというデブの少年がいて、それがそこのボスであった。最初の態度が気に入らず、アハーはホアン達から酷く痛めつけられる。その夜、ホアンのイビキがうるさ過ぎて、アハーはホアンを殴りつける。何もかもが一触即発の状態であった。
母が面会に来た。母に頼んで色々な物を差し入れしてもらう。
少年刑務所での授業は基本的な問題ばかりであり、小学生の授業のようであった。教室でホアンに足を引っ掛けられるアハー。食事の時にも目をつけられる。
この少年刑務所での食事の風景と、兄が学食で取る食事の風景とがシンクロする。
また夜が来た。昨夜はこの時、アハーがホアンを殴りつけたのだ。だからホアンは一晩中でもアハーを見張っているつもりだ。今夜は寝るな。寝たら(食べたものを)全部吐かせる、とホアンはアハーに脅しをかける。互いに睨み合いながら、眠らない。寝落ちしないためになのか、ホアンは九×九を始める。だが、どうしても同じ所でつっかえてしまう。アハーはついにそれに助け船を出す。何となく、友情のようなものが芽生えつつある2人。
ある晩、シャオユイの母が1人でアハーの母の家を訪ねて来た。シャオユイの気持ちが計りかねる。どうもうまくいかない、幼い時のようには。彼女は語り始める。10年前の高速道路でのバス火災。そこで姉夫婦が犠牲になった。だから、私は姉の子を引き取った。それがシャオユイ。結婚もせずに今日までシャオユイを育てているのだ。
アハーの母は言った。今私にできること。それはシャオユイを出産まで預かることだ、と。貴女とシャオユイとアハーの為に。
そして言葉通りに翌日からシャオユイを預かり、自分のやっている美容師の仕事の見習いをさせる。
アハーの父は、普段通り教習所で仕事をしていた。そこに、男が現れる。腕を切られた男オデンの父親だという。お前はオデンに慰謝料を払わなければならない。主犯の少年の方にだけ支払い義務が発生しているが、とてもそんな金はない。何故なら彼は祖母と二人暮らしで貧しかったからだ。なので、アハーの父に、半分負担しろ、と迫る。アハーの父はけんもほろろに断る。
兄がクオ・シャ・チェンを伴って、刑務所に面会に来た。シャ・チェンは肉親ではないので敷地内に入ることができず、兄は1人でアハーと面会する。そこでアハーは初めてシャオユイの妊娠のことを兄から聞かされる。
教習所に金をせびりにやって来たオデンの父親の訪問は一度だけではなかった。二度目には、父はそいつを教習車に乗せて山道を登り、遠くの場所に置き去りにした。その恨みと金の恨みとで、常軌を逸したオデンの父親は、三度目にはバキュームカーで教習所に乗り付け、そこら中に糞尿をホースでぶちまけた。それは延々と続き、金を払うまでやめないつもりだ。大変な状況になってしまった。
台北の空は青空が広がっていた。だが一転、雲が覆う描写となる。
そしてある晩。兄は飛び降り自殺を図るのだ。
何の予兆もなかった。何が原因かさえもわからなかった。ただ、兄は、息子は、恋人は、死んでしまった。
アハーは手錠姿で、葬式会場に姿を見せる。そこには父も母も、妊婦姿のシャオユイも居た。彼らに一瞥し、一粒の涙を流すアハー。
兄は良いものを全て周りに与えて自分には残さないような人だった。母は弔問に来たシャ・チェンに尋ねる。貴女が息子の彼女だったの?息子の様子に変わったところはなかった?…彼女と言っていいものかどうか…彼は、良いものを全て周りに与えて自分には残さないような人だった。
そう、世界中で最も公平なものは太陽だと言っていた。私たちは先週、二人で動物園に行った。その時彼が話していたことなのだけれど…公平なものは太陽だけだ。世界のどこでも緯度に関わらず、1年全体では昼と夜は半分ずつだ。…僕も動物園にいる動物と同じように日陰に隠れたくなった。君も弟も司馬光も、暗い片隅に隠れていた。でも僕は24時間、明るく照らす、隠れる場所はない。
息子はそんなことを言っていたのか…だが今はもう確かめる術もない。
アハーはシャオユイと獄中結婚をする。シャオユイが産んだ赤ん坊も同席して、刑務所の簡素な部屋の中で式は執り行われた。
アハーの刑期は過ぎて行く。あんなにいがみ合っていたホアンやその仲間たちとも仲良くやるようになった。だが、時々叫んで走り回ることもある。兄のことを想って。兄はなんでもできた。悔しいけれど。
そして春になり、花が咲く頃、教室で皆と勉強していたアハーは放送で呼び出される。
出所が決まったのだ。
(この時のBGMが、石嶺聡子の「花」のインストゥルメンタルなのだが、これがもう素晴らしくマッチしている。)
ここからガラッと展開が変わる。
アハーは出所してから仕事を探す。だが、前科者を雇ってくれる所はそう簡単には見つからない。大抵の雇用者は、アハーが前科者であることを告げると、一様に採用を見合わせる。ところが、高級車の洗車を行なっている職場だけが、アハーの採用を決めてくれた。
自分のため、家族のため、仕事に精を出すアハー。仕事ぶりは真面目で丁寧だ。このまま生活は順調にいくように見えた。
被害者のオデンの所を訪ねた。彼は片腕のまま、父親の汲み取り業務の仕事を引き継いでいる。腕は付かなかったのか?…例え糞尿に塗れてもくっつけられるが、煮えてしまったらくっつけられない、と医者に言われた。くっつけられなかったんだ。とオデンは言った。
だが、あの時の主犯の男がアハーを訪ねて来たのだ。もう関わりたくないあの男が。彼の方は彼の方で、アハーの行方をだいぶ探していたようだ。冷たいじゃないか。俺が少年刑務所に入っているあいだ、1人になってしまった祖母は結局施設に入れられてしまった。それなのにお前は俺には一言もなく、ここでいい車のお手入れかい?

止めるのも構わず、彼はアハーが担当している高級車を素手で触れ、運転席に乗ってタバコを吸ったりコーヒーを飲んだりする始末だ。これは本当に困る。こんなことが上司にバレたら確実にクビになる。そしてそれ以来、どんなにアハーが避けようとしても、彼はアハーにまとわりついて来た。職場に訪れるのも度重なっていった。
そして遂に、彼はアハーに持ちかける。仕事を手伝ってくれ。簡単な仕事だ。祖母と家を取り戻す為に金がいる。
ヤバい仕事であることは判り切っていた。もう二度と道を踏み外さないと誓っていたアハーであったが、ここで断ってもヤツは蛇のようにしつこいし、自分でなく家族の身に何か起こるかもしれない。一度だけなら…とアハーは止むを得ず承知した。承知したというよりも、アハーの磨いていた高級車に彼が勝手に乗り込み、その場所へ行くように指示されたのだ。土砂降りの雨の夜であった。
何が入っているのか知りたくもない荷物を届け、相手先からも何かを受け取ってくる。それが、アハーが託された仕事だ。土砂降りの雨の中、アハーは1人車を降りて、目的地に向かう。危険な香りが満載のその部屋には、これまで会った誰よりもヤバそうな男たちが居て、アハーは無事に事が終えられるかどうか不安であったが、持ち前のポーカーフェイスも功を奏したか、どうにか取引は成功し、また土砂降りの雨の中車に戻った。だが、車の中で待っているはずの男がどこにもいない。雨の中、名前を叫んでも全く影も形もない。いつまでも待っている訳にもいかないので、アハーはそのまま職場に戻り、車を返した。
向こうで受け取ったものを確認してみると、それはかなりの大金であった。驚き…だが予想はしていた…いつ奴がやってくるかと思っていた。だが、それ以来、あの男は二度とアハーの前に姿を見せなかったのだ。
男は後日遺体となって見つかった。
アハーの両親は2人で山登りをした。2人で何かをするというのは本当に久し振りである。長男が亡くなってからというもの…やはり悲しみは2人を押し潰さんばかりだったのであろう。それに、アハーが出所してからの夫の態度も妻には気に入らなかった。前からアハーには冷たいような気がしていたが、出所以来一層、どうアハーと接していいのかわからない不機嫌な態度を隠そうともしないのだ。挙句に、そんな家の状況が嫌で、自分一人職場の教習所に寝泊まりしたりしているのだ。
山道で久々の夫婦の会話。だが妻は夫から想像もしていなかった告白を受ける。
父親はアハーの職場に度々例の主犯格の男が出入りしていることは知っていた。もちろんそのことを良くは思っていなかった。彼がアハーに金をせびっていたことも勘付いていたし、アハーを良からぬ道に再び誘い込もうとしていたことも判っていた。
だからあの日、土砂降りの雨の中、アハーと男が職場の高級車を勝手に持ち出して出掛けた晩、父親はアハーたちの車の後をつけたのだ。そして、アハーが車を出たのち、車を出て一服しているあの男を後ろから大きな石で殴りつけ、殺したのだと。
その告白を聞き、妻は大声で泣き叫ぶ。身も世もなく泣き叫ぶ。そして二人はしっかりと抱き合うのだった。