コンペ作品。スペイン/フランス映画。
プログラムの予告に当たり障りのないことしか書いていない作品は注意しなければならない。その殆どが、内容をどう書いていいものやら…というものなのである。時にはあっと驚く結末故に書けないというものもあるが。本作については「あっと驚く結末」というより「あっと驚く展開」という方向性なのだ。予告を見る限りではなかなかこういう作品だということは判らないであろう。
そしてかなり好みが分かれる作品だと思う。「あっと驚く展開」の作品は結構好きであるし、近頃のジェットコースター・ムービーなどを見慣れている身にとってみれば、あっと驚くことがないと多少物足りなかったりする自分がいるのは否めない(もちろん本作をジェットコースター・ムービーと比較している訳ではない)。だが、展開面白いよね、想像できなかったよね、という話とは別に…あくまで好みの問題なのであるが…私はこの作品をあまり好きになれなかった。こっちの方向のグロは好みではないのである。
第1章「偽装結婚」
ヨーロッパを走る列車の指定席に一人の女が載っている。心なしか、安堵というか、穏やかな表情をしている。
向かい側に一人の男が腰をかけた。自分はアンヘスという精神科医だと名乗った。失礼だが貴女のことを知っている。ご主人を北部の精神病院に入れましたね。それはそうでしょう。ある日帰って来たら、夫がテーブルの上で大便を棒で調べているのを目撃したら。
ひとつ面白い話をしていいですか?ゴミ屋敷に住むマルティン・ウラレスという男の話です。彼はコソボから帰って来てから精神に異常をきたし、最後はごみ収集車に身を投げて死んでしまったのですが。
その男を知るきっかけというのが…個人的な話ですが、家内と分譲住宅を買いましてね。申し分ない住宅なのですが、隣がいわゆるゴミ屋敷だった。玄関のガレージの所にうずたかくゴミが積まれ、もうその臭いの酷いことといったらない。しかも持ち主は行方不明なので、当局も持ち主の許可がないものは収集できないと言う。八方塞がりなんだ。ま、それについては置いておいて、ある時、郵便物が届いた。その内容は大変興味をそそる内容だった。
妹だと称する人物からの兄についての不可思議な手紙。兄のマルティン・ウラレスは、NATOに所属し、コソボでは空軍を志した。父親は息子を誇りに思い、息子が戦地から送ってくる手紙を心待ちにしていた。闘牛場に行く人々が行き交う道を間近に見るポーチのある家で。ウラレスがコソボに居た時に、リナレス先生という若く美しい女医と出会った。リナレス先生は孤児院のある病院を運営していたが、予算が足りず、孤児院は存続を危ぶまれていた。ウラレスもその状況に苦慮していたものの、如何ともし難い。だが、少し経つと、病院は見違えるように綺麗になっており、孤児院も充実するようになった。リナレス先生が軍の幹部に売春をして、費用を捻出したのである。
だがやがてリナレス先生一人の売春では立ち行かなくなってくる。窮したリナレス先生は、客の一人からある提案を受ける。それは、月に1人だけ、孤児院にいる孤児を提供して欲しいというものだった。恐らく養子縁組にも正規のルートからだと金がかかるからなのだろう…と無理やり思い込み、可愛がっている子供達の内一人でも手放すのは辛いものではあったが、リナレス先生は同意した。
仲介者の男もそれ程権力があった訳でも、それ程悪人だった訳でもなかった。だから、リナレス先生と寝物語にその約束をしたものの、実際に引き取られた子供達の行く末がどうなっているのかは判らなかった。それで、ある日軍幹部と酒席を共にしたのをきっかけに子供達の行く末を聞いてみた。すると、彼はとある地下室に案内された。すえた臭いのする秘密の地下道を通って辿り着いた部屋には、沢山のビデオテープが収納されており、その1本を見てみると…。
それは、月に1人だけ提供された孤児院の幼子が、金持ちの大人にレイプされる映像であった。それだけでも胸が悪くなるのに、その映像の結末は更に悲惨なものであった。
耐え切れずに部屋を飛び出した男であったが、それを止める術はない。そしてウラレスもそのことを知ってしまったのだ。
帰国後の兄は片腕を失った上に、精神に異常をきたしていた。だがそれも全て戦場だけでなく、人間の狂気を知ってしまったからだ。兄は街で「ごみ収集車に身を投げろ!」と言い回っているのだという。
この手紙を読んだアンヘルは、是が非にでもウラレスに会いたくなった。そこで手紙を書いた妹を訪ねることにした。訪ねた家は薄暗く、すえた臭いがした。妹は歓待してくれ、家の中を案内してくれた。昔家族で過ごした思い出が、そのままの形で残っている。父親が激怒して叩き割ったテーブルも叩き割られた姿のまま。他にも埃を被ったもの、ガラス瓶に保管されたもの、よくわからない思い出の品がそこかしこにある。妹は手作りソーセージさえ振舞ってくれた。兄はもうすぐ帰って来るから、と。
だが兄はなかなか帰って来ず、いや実は、その妹こそが女装した兄だったのだ。変装を解いて狂気の高笑いをするウラレス。そしてゴミが溜まった地下室にアンヘルを閉じ込めようとする。
実際にはウラレスは、空軍を志望して家を出たものの、何度も何度も試験に落第し、空軍からは放り出された。そしてゴミの収集人となり、ある時誤ってごみ収集車に片腕をもぎ取られてしまったのだ。
第2章「人々」
エルザは編集者で普通の女性であった。冒頭で列車に乗っていたのはこのエルザ。多少夢見がちな性格である。ある小説家を熱烈に好きになるとか。だが、小説家に恋をしていたのではなく、語り手に恋をしていたのだ。そんな感じの女性であった。
エルザは犬を飼っていた。毎日の犬の散歩は日課である。公園で、やはり犬を連れた男と出会う。犬同士も気が合ったようで、やがて2匹は交尾を始める。犬の交尾を見続ける2人。
男はエミリオといい、その公園で売店を営んでいた。いつしかエミリオとエルザとは一緒に過ごす時間が長くなる。エミリオの売店を手伝ったり。
恋に落ちて一緒に暮らすものの、彼の趣味が段々過激になってきた。最初はセックスをバックでしかやりたがらないという程度だったが、その内プレゼンとしてエルザに首輪を贈り、夕飯を作ってくれたと思ったら実態はドッグフード。やがてドッグフードであることを隠そうともしなくなり、それを手を使わずに食べろと命じる。そして、遂には犬の餌を入れる器に直接盛り、器を叩いてご飯の時間だ、と告げる。まるで犬にするように。更に更に、エルザは犬小屋をあてがわれ、鎖に繋がれ犬小屋で生活するようになる。久し振りにセックスをしようと言われたら、それは犬とのものであった。必死に抵抗するが、殴られ、縛られて外に放置される。
それでも生活はしなければならない。エルザは、かつては2人で切り盛りしていたエミリオの売店を1人で切り盛りする。うんざりするような生活なのに、エミリオは犬を連れた別の女に粉をかけるようにまでなった。もうエルザのことは視界に入っていないのだ。そこでエルザは目が覚めたのか、決意をする。
ここで別の話が導入される。川岸で生まれ、湿気のせいで骨がおかしくなって寝たきりの生活をしている男の話。矯正器具によってどうにか歩くことができるようになった男は、ツアーでパリに行くことになった。そこで、足の長さが左右違う女と行動を共にする。2人は良い雰囲気になったのだが、セックスに対する意識の違いから、女は泣きながらホテルの部屋を出て行ってしまう。
第3章「列車旅行のすすめ」
これまでのことから、列車に乗っている女は、夫を精神病院に入れてきたばかりのエルザであることがわかった。向かい側に座って奇妙なウラレスの話をしていたアンヘルは、列車が止まった駅で、売店で何か買ってくるから、とエルザからもお金をもらい降りたきり戻って来なかった。ネコババされたことに気づいたエルザも慌てて飛び降り、アンヘルの後をつける。
アンヘルの家に行って、家族に事情を聞くと、どうやら列車でエルザが話していた男はアンヘルではなく、弟のマルティンという男だったようだ。エルザは家族から言われる。マルティンから聞いた話を鵜呑みにするあなたが悪い。マルティンは二重人格、パラノイア。統合失調症の患者の話をしたのではなく、マルティンの妄想なのだ。
エルザはマルティンの家を探すことにする。いえ、わかっている。闘牛場に行き交う人々が見えるポーチのある家。果たしてそこにアンヘル…に扮したマルティンが入っていくのを見て、エルザは押しかける。あなたの話を出版したいの。だが、マルティンに例のゴミだらけの地下室に閉じ込められ、やがて火災が発生する。
エルザはどうにか家から脱出した。何もかもが馬鹿馬鹿しい。夫を入れた精神病院からは、夫の症状が酷いので前頭葉の手術をした方がいいというのだ。エルザは賛同し、同意書にサインする。
そして晴れ晴れとした気持ちで列車に乗ると、片腕のない男が向かい側に座り、「話をしませんか?」とエルザに声をかける…。
Q&Aは監督アリツ・モレノ、プロデューサー ティム・ベルダ、原作者アントニオ・オレフドが登壇。
監督:これが1本目の作品である。5年前に本を紹介された。ダークな話だけれど、映画にできると思った。もしこれが映画にできたのなら、最後の映画になっていいと思った。
原作者:自分のこのクレイジーな小説を映画化するなんて誰もが思っていなかった。自分が書く時にイメージで書くことはないのだが、作品を見たらあたかもこうイメージしているかのように見え、そしてそれは素晴らしかった。
監督:(観客が本作を「ディザスタームービー」だと言ったことに対して)ディザスタームービーと言われたのは気に入ったので、これからはそれを使おうと思う。フラッシュバックなどの構成にしたのは原作もそうだったから。視覚的に見えた方がより効果的だと思った。バランスは難しかった。本能で決めた。観客とのプレイを楽しんでいる映画。冒頭でも「想像してみて下さい」と言っていたように。
音楽は、イギリスの「ユートピア」(というTV番組)の音楽担当者がすごく好きで、頼み込んで作ってもらった。3年かけて説得した。説得には時間がかかったがいざやるとなると30曲から40曲位作ってきてくれて、だがサンセバスチャンのスタジオで全部作り直した。日本の古いビニール盤を沢山持っていたので、侍映画を作りたかった。だが作れないので、本作でやりたいことを全部やってくれ、と。
原作者:本を読む時に頭の中で何が起こっているのか、どれが現実でどれがフィクションなのかわからない、分けるのが難しい、区別がつかない現象を書いた。あたかも「ドン・キホーテ」のように。