特別招待作品。アイルランド、イギリス、アメリカ映画。監督は鬼才ヨルゴス・ランティモス。
ヨルゴス・ランティモス節炸裂!!というような作品ではなかったが、それもまた良し。ヨルゴス・ランティモスってこんな(意味がよくわかる)作品を作るんだ!というある種の驚嘆をさせてくれた。そしてそれはちょっぴり嬉しい誤算でもある。華麗かつ闇が匂い立つ宮廷絵巻。イギリス王朝に花開く恐ろしき女の世界だ。
以下は完全なネタバレです。本作は2019年2月に公開されるということなので、ご注意下さい。
レディ・サラ(レイチェル・ワイズ )は、アン女王(オリヴィア・コールマン)の幼馴染でお気に入りの女官長であった。2人は、公務であれ私事であれ、常に行動を共にしていた。アン女王は18世紀初頭のイギリスで、紛うことなき権力のトップシンボルであったが、夫に先立たれ、17人もの子供を失った彼女は孤独の只中に居た。自室(もちろん宮殿の中での最も良い部屋なので底抜けに広く贅沢)に来たサラに「サラ、子供たちに挨拶を」と促す。「嫌よ、不気味だもの。」とサラは毛嫌いする。アンの言う” 子供 ” とは、寝室で飼われている沢山のウサギのことであったのだ。
宮殿を挙げてモールバラ卿の戦いの勝利を祝っている。国は今、フランスのリールでの戦いの真っ最中である。アン女王率いるイギリスは、ルイ14世率いるフランスと交戦中であった。勝利に沸きながらも、この戦いで、イギリスの財政は逼迫してきている。
その1 ここの泥は臭い
女が1人、乗合馬車に揺られている。目的地に近くなったので降りようとすると、強引に馬車から落とされた。誰も同情する者はいない。この国の者は皆道端で排便するから、道の泥も猛烈に臭い。
彼女の名はアビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)。召使に雇われに、宮殿までやってきた。だが、泥まみれの彼女は酷く臭う。女官長サラの従妹だというコネがあったため、雇われることは決まったが、周りの召使仲間からも疎んじられ軽んじられる。床磨きを言い付かり従事するも、荒れに荒れた手を「灰汁に漬けると良い」と嘘を教えられ、痛みに絶叫すると周りがアビゲイルを嘲笑ような有様であった。
酷い生活であった。だが、没落した家を持つアビゲイルには帰る場所がない。どこかでどうにかして這い上がらなければ。
アン女王は、その贅沢な暮らしが災いしているのか、痛風の持病を持っている。ある晩、アン女王は猛烈な痛みに襲われ、サラを呼んで慰めてもらう。適切な医療行為も無い中、仲良しのサラに慰めてもらうしか術がないのだ。
アビゲイルは、こっそりと宮殿を抜け出し森に分け入って薬草摘みをする。知識・心得はある。草を摘んでいると、様子のいい男が馬上から声をかけてきた。マシャム(ジョー・アルウィン)である。だが、アビゲイルには胸に秘めた野望があるので、そんなことには構っていられない。薬草を摘み終わると、アン女王の寝室に忍び込んで調合し、それをアン女王の脚に塗布する。
勝手にアン女王の寝室に入ったということで、女官長のサラは激怒し、アビゲイルを鞭打ちの刑に処する。だが、アン女王の脚の痛みが和らいだことを知ると、アビゲイルの能力に注目するようになる。召使に身を窶してはいるが、そもそも自分の従妹だと言って宮廷に入ってきた女なのだ。事情を聞くとこういうことだった。アビゲイルの父親は、屋敷に火を放って自殺したのだという。賭けに負けてすっからかんになってしまったのだ。アビゲイルは賭けの代償として、父を負かした男の下へ行かされたが、そこを抜け出してこの宮廷に召使としてやってきたのだ。
親切過ぎるのは愚かさに通じる。
その2 思い違いや不慮の事故が怖い
レディ・サラは、強力なイギリス陸軍のモールバラ卿の妻であり、女官長であり、アン女王の唯一無二の親友であり、言わば絶対的な権力を余すところ無く持っている立場であった。彼女は何でも決めることができるし、女王の指示は彼女から出されることがしばしばであった。
アビゲイルの薬草が効いたため、アビゲイルはアン女王の寝室に出入りすることを許される。そして、彼女はサラに直訴して、召使から女官への昇進を果たす。
というのも、図書室に行く道すがら…そこからは女王の寝室に行くまでの廊下が眺めやれるのだか…、アビゲイルは見てしまったのだ。アン女王とレディ・サラの関係を。彼女たちは、ただの幼馴染でも、ただの女王と女官長の関係でもなかった。つまり、2人は愛人関係だったのである。2人はあの豪勢な情の寝室で、ベッドを共にしていたのである。
宮殿に女官として仕えていると色々なものを見聞きしてしまう。今イギリス議会は、戦争推進派のホイッグ党と戦争終結派のトーリー党の争いで揺れていた。トーリー党のハーリー(ニコラス・ホルト)は、王朝の財政難を鋭く捉えていて、これ以上戦争のための増税を行うことは愚かなことであり、イギリスはフランスと和平を結ぶべきだと主張していた。だが、夫が軍のトップであるレディ・サラにしてみれば、戦争を止めるなんて愚の骨頂。そんな意見はアン女王に進言するまでもなく悉く却下である。ハーリーは業を煮やし、戦争推進派の腹を探って弱みを握ろうと思っていた。そこで女官の1人であるアビゲイルに声をかけてみた。
アビゲイルは、ハーリーが自分に言い寄ってきたのか、と警戒する。だがハーリーは、アビゲイルが没落した家の出身であることを知っていて、そんなことはするはずも無い。「今でも心はレディです。」と言うアビゲイルに対して、「ヤルのはマシャムに任せよう。」とにやり。そんなことよりも、アビゲイルにスパイになってトーリー党のために情報を流せと言ってきたのだ。
アビゲイルはこれを断り、サラの所に御注進に行く。なにしろ、ハーリーが情報を探れと言ってきたのは、サラの夫であるモールバラ卿の親友であるゴドルフィンのことだったからである。もちろん彼らは全員戦争推進派である。屋外の射撃場で射撃の練習をしていたサラの所に行ってアビゲイルは言う。「奥方、女王陛下、ゴドルフィンの情報を渡せと言ってきています。でも、私は地位は低くとも誇りはある。」
これを聞いてサラはアビゲイルを褒めるかと思いきや、射撃の練習を続けながら不敵にこう言うのだ。「装填しなくても発射音は出せる。でも気をつけなくちゃね。思い違いで不慮の事故があるから。」
一方で、ストレスから吐くまで食べ続けるアン女王。そして耐えかねて窓を開いて飛び降りようとする。
その3 何という装い
アビゲイルには野心があった。ただの召使から女官にまでなったが、もっと上を目指したいのだ。薬草の一件から、ちょくちょくアン女王の寝室に出入りできるようになったアビゲイルであったが、寝室に飼われているウサギに目を付け、必要以上に褒めてアン女王の機嫌をとった。アン女王は17人の子供を亡くしている。それらの子供の代わりとして、それぞれの失った子供の名前をつけて可愛がっていることを見て取ったアビゲイルは、その話をたっぷりと聞いてあげることにしたのだ。…ヒルデブランドを死産した日のこと、…このウサギはあの子の代わり…。今まで誰もアン女王のこういう話をじっくりと聞いてくれる人はいなかったのだ。
そして、アビゲイルはアン女王の所に夜這いにくる。何という装い。その下のあなたを見たい。
その4 ささいな障害
アン女王は絶対的な権力は持ってはいるが、結局ことを仕切って決めるのは、周りに居る側近たちである。アン女王はどちらかというと、お飾り的な扱いを受けることが多く、そのことに時々イラついていた。実際に議会に出席しても、野党の激しい攻撃に曝されると、どう答えていいのか、どう振舞っていいのか、全くわからなくなるのだ。ある日、宮廷の中庭でアンサンブルを奏でている楽団にキレ、取り乱して廊下を彷徨い歩いた。
トーリー党とホイッグ党の水面下での駆け引きもあった。ハーリーは、財政難は戦争が原因であり、モールバラ卿が今率いている戦力での戦い方が、財政的に無理があるものだと睨んでいた。だが、レディ・モールバラ(=サラ)は、財政難ではない、と主張し、その根拠を示せ、とハーリーに迫られると泣くフリをする。次の議会で、ハーリーは先手を打って「増税をやめてくれたことを感謝する」とアン女王に対して謝辞を述べた。もちろんそんな事実は無いのであるが、言ったモン勝ちで、なし崩しに増税をやめさせようとする作戦だ。もうどうしていいか判らず、アン女王はわざとその場で卒倒する。
アビゲイルには政治の世界は無関係である。スパイだってきっぱりと断ったのだし。宮廷の近くの森の中でマシャムと戯れるマシャムはアビゲイルに夢中のようだ。
不穏な音楽が流れる中で、夜のアン女王の寝室のひとコマ。
アビゲイルは女王のベッドに寝て女王を待っている。夜中、脚を揉んでくれといって呼ばれたのだ。そこにサラがやってきて、ベッドの中のアン女王とアビゲイルを見てしまう。
これまで何もかも、ベッドの寵愛も受けてきたのは自分だったのに…。
サラはアビゲイルをアン女王のお付きから解任しようとするが、アン女王に反対される。あの子の解任?それはできない。あの子、舌でやってくれるの。
その5 居眠りして滑り落ちたら?
アン女王は泥風呂に浸かっている。ひとつのバスタブの向かい側にはサラも同じく浸かっている。サラはアン女王にこういう。「わざと楽しんでやっているでしょう?」アン女王は答える。「私を取り合うなんて最高だもの。」
その6 化膿を止める
アビゲイルは、このままではヤルかヤラレルか、だと知っていた。そしてサラはとても手強い。だがアビゲイルの野心は潰えることなく、策を巡らせる。戦争反対派のハーリーを上手く利用することにする。というか、ハーリーの思惑と、アビゲイルの思惑が上手く一致したのだ。アビゲイルはハーリーとアン女王がイギリス庭園を2人で散歩するように手配した。そしてその間に、乗馬に出ていたサラが何者かに襲われ、馬に引き摺られてそのまま森の中に消えてしまう。サラが乗馬から戻らない、と報告を聞いたアン女王は冷たく言い放った。いえ、わざとやっているのよ。捜索は無用。
その7 それは残して、気に入っている
サラは、意識を失ったまま馬に運ばれ、盗賊の一族が潜む穴倉で匿われていた。顔には大きな傷が残り、心の傷も癒えない。自分が嵌められたということは判っていた。寝首をかかれたのだ。このままで済ます訳にはいかないが、予想外に自分の噂が聞こえてこない。女官長、女王陛下の側近中の側近のレディが行方不明になったら、普通はもっと大騒ぎになる筈だ。サラは盗賊の女ボスに頼んで、ゴドルフィンに身代金を払って助け出してもらうように依頼し、宮廷に戻ろうとする。
私の人生は迷路。抜け出せたと思っても…。
だが、宮廷に戻ったサラを待っていたのは冷たい仕打ちだった。アン女王は顔に痛々しい傷を負ったサラに一瞥もくれなかった。サラは言った。私は嘘をつかない。それが愛よ。…だが、サラは、陛下が鍵を返せと言っています、と召使から言われ、宮廷を追い出される。

その8 夢に見た、あなたの目を刺すのを
閉じぬ傷口もある。
サラは、女王に手紙を書いたらどうかと提案され、書こうと試みる。だが、「夢に見た、あなたの目を刺すのを」などとつい書いてしまい、何度も書き直す。女王の方も、サラが手紙を書いているという情報を得て、手紙を待ちわびる。だが、宮廷に届いた手紙は全てアビゲイルがチェックをし、サラからのものは抜き取って燃やしてしまう。更に、モールバラ卿が7000ポンド横領していたとでっち上げ、アン女王に進言し、モールバラ卿とサラは国外追放となってしまう。
もう、アビゲイルはサラの地位をなきものにし、自らがそこに座して揺るぎのないものとしたのだ。アビゲイルに命令を下すアン女王。ひざまずき、アン女王の脚を揉むアビゲイル。
画面では、沢山のウサギが出てきて重なっていく…。
Q&Aは、映画評論家の立田敦子氏と20世紀フォックス映画の平山義成氏。
ベネチア映画祭で上映された以降では、どの国が一般公開するよりも早く上映できたことを嬉しく思っている。
ヨルゴスできたランティモス監督の所には、今から9年前に既にこの脚本が送られてきた。ちょうどデビュー作「籠の中の乙女」が上映された時である(「籠の中の乙女」は2009年のカンヌ映画祭である視点賞を獲得した作品である)。
女性3人ががっつり主役を張る、三つ巴である映画は見たことがない、これは素晴らしい作品になる、と確信したが、脚本の書き直しに4年かかり、2011年にギリシャからロンドンに移住した。
本作は、3人の人生ではなく、3人の関係性を描いている。パワーバランスが変わっていく人間の本質を描いている。最初の2009年の時は、ここまで女性の地位が社会的に議論されていなかった。だが今や最初に発案した時には思いもしなかった環境になっている。
衣装は女性のものを黒を基調としたものにし、男性のものをマリー・アントワネット調にしている。人間関係をより強調する衣装とした。色については冒険している。
エリザベス1世が幼少期を過ごしたハットフィールドという屋敷がロケ地。できるだけ自然光を利用し、ライトを使わない撮影をしたのでとても大変だった。つまり、晴れている時、曇っている時、ロウソクの灯りだけ、などだ。
第31回東京国際映画祭で鑑賞した作品については、本作がラストのアップとなります。
今年は結構な本数を鑑賞しました。数えてみたら15本でした。
(2018年洋画)
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