ワールドフォーカス作品。パレスチナ/オランダ/ドイツ/メキシコ映画。
コメディという訳ではないが、厳しく哀しい現実の中におかしみがある。不倫するのも命がけということだ。そしてその背景には、イスラエルとパレスチナの越えられない壁が存在する。
実話に基づく物語。
男が1人家の中に居て、お茶の準備をしている。ドアにノックの音がしたので、行って開けたらいきなり入ってきた男たちに拘束される。男たちは女のことを聞いてくる。女って?お前のスパイだ。
夜の小高い丘。立ち入り禁止のロープが張られている。殺人現場のようだ。警察の男が、現場から夜景を見下ろし、いくつかの指示を部下に出し、やがて車で移動していく。エルサレムの夜景だ。
男と女がバン式の車の中で密会している。不倫関係のようだ。男は事が終わると女を別の車まで送っていく。女はその自分の車で密会の場所に来ていたのだ。その後男は妊娠している妻の待つ家に戻る。
サリームは、パンの配達員の仕事をしている。女サラとは配達先の店で出会ったのだ。
妻の実家の近くで暮らしているサリーム。妻の実家の近く、ということは、妻の家族からも何かと口出しをされている毎日だ。一家はパレスチナ人なので、何事にも制約がある。が、妻の兄が闇の配達の仕事を持ちかけてくる。かなり見入りのいい仕事のようだ。エルサレムへの往来を許されていない、壁の向こうのベツレヘムにいる人間にモノを運ぶだけ。
サラは夫と幼い娘が待つ自宅に戻った。自宅に戻ると夫ダヴィッドから転属の話を聞かされる。サラの夫はイスラエルの軍に勤務しており、今日上官から話があったというのだ。サラは嘆く。また転属?やっと開いたパン屋もやり直し?
サリームとサラは密会を重ねる。だが、サリームは今日は義理の兄から頼まれた「運び屋」の仕事で、あまり時間がない。では、こうしたらどうだ?僕の車で2 人でベツレヘムに行くのだ。
そんなこと大丈夫なのだろうか?と緊張しつつ、2人でのドライブはちょっと楽しみな感じのサラ。車は高い壁沿いを走る。目的地に着くと、サリームは用事を済ませてくるから車の中で待っていて、とサラにお願いする。サラは最初は大人しく待っていたものの、その内恐る恐る車の外に出てみる。同じ国の中のはずなのに、通りかかる人も店の店員も、どことなく違うように感じてしまうから不思議だ。
仕事を終えて車に戻ってきたサリームと近くのバーに入ることにする。本当はベツレヘムのバーにイスラエル人が入るなんてあり得ない。だが、人から聞かれたら、オランダから来た観光客なのとか何とか言えば判りはしないだろう。いいわ、でもなけなしのお金を私に払わないで。
サラはサリームに告白する。夫の転勤で自分が経営しているカフェを閉めることになったの。…それは即ち、もう2人の関係も終わりになるということだ。
サリームが少し席を外した時に、サラに話しかけてきた男がいた。酔っているのだろう。その後2人が店を出て行こうとしている時に絡んできた。女に声をかけたのに良い返事をもらえなかった時に男がやる常套的な振る舞いだったが、もうひとつ、サラのことを外国人観光客ではなく、イスラエル人だと疑っていたのも手伝っていた。憎きイスラエル人が、俺たちの娯楽施設にいるなんて、あり得ない。しつこく絡んできたので、ついサリームと男はバーの中で喧嘩になる。だがもし警察沙汰にでもなったとしたら、サリームもサラも大変なことになってしまうので、そこは一旦引き下がり、車に乗って町を後にする。
サリームの家では臨月の妻がサリームの帰りを待っている。もう22時。サリームの妻はため息をつく。
後日、サリームは、キャンプを右折した場所に呼び出されて、黒い覆面を被った男3人からぼこぼこにされる。そして、売春の斡旋をしているという嫌疑をかけられ警察につかまってしまう。
サラは、いつもの夜の駐車場でサリームを待つが、サリームは現れない。プールに行って気晴らしするも憂さは晴れない。
サリームにとっては身に覚えの無いことであるが、義兄が有力者を探し出してくれて、その有力者の口添えで何とか釈放を許された。どうやらあの時バーで揉めた男が、腹いせにサリームに関する報告書を当局に提出したらしい。これに対抗するにはこちらも報告書を捏造することが必要だ。それには有力者に正直に話してもらわないと困る。サリームは確かにイスラエルの女と関係していた。だが、まず肉体関係をもって、それからパレスチナの諜報機関に対して相手を送り込むため、などという、スパイ嫌疑のかかるようなものでは決して無い。
釈放後、サリームは勤務先に行くが、配車の順番を待っていると、サリームに車のキーは渡されなかった。どうして?と尋ねるサリームに上司は答える。お前のせいでカフェ・ルイーガは取引をやめた。カフェ・ルイーガとはサラの経営するコーヒーショップである。そしてサリームは職場をクビになった。納得がいかないサリームはサラの店に押しかけるが店員に追い出される。その後サラを待ち伏せするも、サラは言うのだ。ずるずる続くのが嫌だと。
サラは帰宅後、配属先が決まったと夫から伝えられる。配属先は車で1時間半の場所であった。これで引っ越す必要はなくなった。それはこの状況となっては良いことなのか、悪いことなのか…?
サリームは妻のお腹で赤ちゃんが動くのを愛おしく撫ぜる。一方サラの方は娘のフローラを抱っこして寝かしつけている。
それぞれの家庭でそれぞれの生活が戻ってきたようにみえる。


ある夜、サラは家族揃って自宅で寛いでいた。するとダヴィッドが、作戦があるので夜明け前に出かけると言い出した。行く先はラッマーラとベツレヘムだ。ベツレヘム…?!とサラは心の中で叫んだ。ベツレヘムと言えば、サリームが荷物を届ける場所ではないか!!
夫が出掛けた後、慌ててそのことをサリームに電話するサラ。今夜はラッマーラとベツレヘムには行かないで。イスラエル占領軍が侵攻するのだから。
そして冒頭の、サリームが家でお茶を入れていて、男たちに踏み込まれて捕らえられる、冒頭のシーンへと繋がる。
サリームは尋問を受けていた。何も知らないと言うならそう書け、と言われる。筆跡を見るためだ。
実は、前回、有力者に釈放の口添えをしてもらった時の報告書には、サリームのサインがある。あの時の話が今になって蒸し返されていたのだ。サリームはイスラエルの女スパイと関係を持っているというのだ。これは単純な浮気騒動よりも罪が重い。
家ではサリームの妻のビザンが、あわや尋問を受けそうな所まできている。イスラエル人の友人はいるか?と詰問されている。
女弁護士のマリアムがやってきた。サリームと面会をする。サリームは、俺は諜報機関とは無関係だ、と言う。マリアムは言う。真実は事態を混乱させる。
ダヴィッドの所に同僚のアヴィが訪問してくる。アヴィはできる男だが一方で客観的で冷酷な男のようだ。アヴィはダヴィッドに報告書を差し出す。ここに書いてあること…今、当局に連行されているパレスチナの諜報部員は、この前まで配達員として働いていたようなのだが、その配達先にキミの妻の経営しているカフェがあった。これは偶然だと思うかい?
サラの店にイスラエル軍の担当者が確認にやってきた。だがサラは、サリームの名前を聞いても、思い出せない、配達人はしょっちゅう変わるもの、とシラを切る。
以前、サリームを拘置所から出したのは、自治省の大物であり、ベツレヘムの保安機関の人物であり、アブ・イブラヒムなる老人だった。彼はその時、サリームの浮気相手であるイスラエルの女をスパイに仕立てたのだ。つまり実際にはこの時から少しずつ歯車が狂ってきていたのだ。
配達人のことを聞かれたサラであったが、カフェで雇っている女の友人がどういう状況なのかをサラに聞いてくる。サラは答える。浮気をした。相手はパレスチナ人よ。友人は驚愕する。正気?よりによってアラブ人と?ユダヤの男はいくらでもいるのに。
サリームの妻のビザンはサリームに面会に拘置所を訪ねる。拘置所の壁にはアブ・イブラヒムの肖像のポスターが一面に貼られている。彼はつい最近、イスラエル軍に殺されたのだ。死んで尚一層の英雄となったのだ。
何かがおかしい。周りはみんな何かを隠している。ビザンは、弁護士マリアムの隙を見て書類を盗み読み、夫の浮気を知る。…こういうことだったのか!みんなが自分に分からないようコソコソと弁護活動を行なっていると思っていたが、こういうことだったのだ。
ビザンは家に戻り、夫サリームの衣服を全部捨てる。そして兄とマリアムの後をつける。果たして2人はサラの店を見に行っているようだ。2人が出て行った後、ビザンはサラの店に入って行く。サリームのことなど知らないという態度を貫いているサラに対して、内密にことを収めようとしているのよ、と呼びかける。
次にビザンは、サラの家を訪問してダヴィッドに会う。ダヴィッドがどんな人か知りたかったからだ。ダヴィッドは、ビザンの事をパソコンで調べて、彼女が何者かが判ってしまう。何か怪しい雲行きになってきたと感じる。
ビザンにとってはもう周りは誰も信じられない。夫サリームのことも、弁護士と結託して夫を庇おうとしてビザンを蚊帳の外に置こうとする兄のことも。あのアブ・イブラヒムのポスターが貼ってあった同じ場所に、今度はサリームのポスターが貼ってあった。「英雄サリームを釈放せよ」と書かれている。ビザンは怒りに任せてそれを全て引き剥がす。
ダヴィッドの所に同僚のアヴィがまたやって来た。パレスチナ人は嘘だらけの報告書を提出しているようだ。だが、サリームの弁護士マリアムと、サラが会っている所の写真が密かに撮られていて、サラがどういう立ち位置にいるのかが判ってしまった。アヴィは言う。今なら揉み消せる。悪いようにはしない。
その結果、サラは嘘の証言をしたようだ。サリームの所に義理の兄がやって来て言うには、女が虚偽の証言をした。10年は喰らう、とのことだった。
だが一方で、もしサラとサリームとの関係が判れば、サラは情報漏洩の罪に問われることになるのだ。軍は全て調べていた。この半年の間で1回だけ情報漏洩があった。それは電話の盗聴によって判ったことなのだが…「サリーム、今夜ベツレヘムで作戦がある。今夜は行かないで。」アヴィに盗聴電話を聞かされガックリとうなだれるダヴィッド。
サラは東エルサレムにやって来た。ビザンに会うためだ。東エルサレムはパレスチナ人居住地であり、イスラエル人にとっては危険な場所である。ダヴィッドはサラを連れ帰ろうと乗り込んで行く。夜の街で撃ち合い、投石騒ぎが起こる。投石に当たって怪我をするが、意に反してパレスチナ人は怪我の手当てをしてくれる。
サリームの裁判、サラとダヴィッドの離婚、ビザンの出産…時は流れる。
産まれた赤ん坊をビザンが刑務所に連れて行く。サリームに会わせ、そして言うのだ。あなたが英雄なんて虚像もいいところね。離婚は今はしないわ。離婚は出所後よ。周りから非難されたくないから。
腰縄を付けたサリームが出廷のために房を出て来る。法廷に入るのに、サラとビザンと2人の前を通り過ぎて行く。