コンペティション作品。日本映画。第31回東京国際映画祭では観客賞を受賞。
納得の受賞である。稲垣クンがー、とか吾郎ちゃんがー、とか(すみません同じです)関係なく、映画としてとても良かった。日本で開催される国際映画祭なのだから、多少の贔屓目は入ってもいいと思うし。いやいやしかし、贔屓目関係なく、間違いなく良い作品。今でもひとつひとつのシーンが胸を横切ることがある。
参道のある山道を、スコップを持って歩く男2人連れ。ある1本の木を探している。これだと発見した木は、土に露出している根の形が独特だ。これだ、この木だ、と2人してはしゃぐ。根っこがなんかいやらしいからってここにした。バカだったんだ、3人共。
AnotherWorld の文字が浮かび上がる。
3ヶ月前、瑛介 ( 長谷川博巳 ) が突然北海道から三重県のこの田舎町に帰ってきた。母が亡くなってからほったらかしだった実家に。妻と離婚したというのだ。
学生時代の友人だった絋 ( 稲垣吾郎) が偶然彼の帰郷の場に遭遇し、声をかける。だが、瑛介は結構厭世的で、いくらかつての親友とはいえ、あまり構って欲しくなさそうだ。そして妻と離婚したというだけでなく、どうやら勤務していた自衛隊も辞めて戻ってきたらしい。海外派遣をされていたエリートだったとうのに。
絋は妻初乃 ( 池脇千鶴 ) と中学生の息子明 ( 杉田雷麟 ) との3人暮らしであった。初乃は明についてちょっとおかしな噂を耳にしていた。悪い仲間と付き合っている…?いじめられている…?勉強は全然していないようだ。ねえ、明に高校行かせるよね?初乃は大真面目に話しているのだが、絋はあまりきちんとは取り合わない。というより、年頃の男の子にオヤジとしてどのように接していいのかが判らないのだ。
絋は、高村製炭所という炭の焼き場を仕事場としていた。父親の代からの炭焼き稼業である。毎日一人で山の中の製炭所にでかけ、木を切り、炉釜を整え、炭を焼く。初乃の手作りの弁当を持参しているのだが、今日は蓋を開けると「バカ」と書いてあった。昨日の明の相談事のことで怒っているのである。
絋は、瑛介の一人暮らしの世話を焼く。傷んだ家の雨戸の修繕を義理の父に頼んだり、当座の話し相手になろうとしたり。だが、瑛介の他人行儀な態度は相変わらずだ。絋の義理の父が、雨戸の修理代は日当だけでいいよ、と好意を示しても、1万、いや4万だ、といって相場よりも大金を払おうとする。まるで何か借りを作りたくないかのようだ。
絋が家に帰ると、明の友達が大挙してやってきていた。狭い明の部屋に5~6人はいただろうか。絋は挨拶だけしてリビングに戻る。いい子たちみたいじゃないか、と感想を言う。初乃にチャーハンでも作ってやってくれ。食べ盛りなんだから、と頼む。
だが、部屋の中は険悪なムードが漂っていた。父は ( そして初乃にとっての夫は )何も判っていないのだ。
炭焼きの炉の火が美しい作業工程。
明は学校で屋上に呼ばれて顔に墨汁を塗られる。ボスのような男子生徒が1人居て、子分が追随しているという図式だ。ボスは直接手を下すことはあまりないが、皆ボスを恐れているので、率先して明をいじめる。墨汁を顔につけたまま帰宅した明は、顔を洗っている所を初乃 (母親 ) に見咎められ、何があったのかを聞かれる。明は初乃を突き飛ばして出て行く。
初乃は絋に事の顛末を訴える。そして言うのだ。「近づいたらあのコ、すっごく大きかった…」
中学生からの親友関係は、絋、瑛介、そしてもう1人光彦 ( 渋井清彦 ) 。光彦は実家の中古車販売店を継いでいる。誰が偉い訳でもない。二等辺三角形ではない、正三角形なのだ。と主張するのが光彦の口癖だ。
光彦は絋に鋭い指摘をする。お前は明に興味も関心もないのだ、と。興味・関心がないというよりも…明と2人でどこかに出かけたとしても、ちゃんと靴を履け、とかかかとを踏むな、とかつまらないことしか言えないのだ。何を話していいのかも判らない。
瑛介は、昼間にスーパーで惣菜を買って、それ以外はどこにも行かないで家に閉じこもっている。部屋の中で、自身のこめかみに指をあてて、苦悩する瑛介。
絋は製炭所の炉の前でうとうとしていたが、森の中を彷徨う瑛介の夢を見る。少し嫌な予感がして瑛介の家を訪ねる。こまのままでは瑛介がどうにかなってしまうのではないか、と気がかりなのだ。絋は瑛介に話す。中学生の時、1年生の時、2年生の時、3年生の時、俺たち3人は変わりばんこに一緒のクラスだった。そして例の三角形の話をする。二等辺三角形じゃないんだ、正三角形なんだ。瑛介はにやりとする。光彦の受け売りだろう?瑛介に何かやらせないと、と思った絋は、自分の製炭所を手伝ってくれるように頼む。
その場では渋っていた瑛介だったが、結局絋の元に手伝いにやってきた。ボランティアだ、と言いつつ。木を切り出して、それを山から降ろす。結構な重労働である。
男同士なので余分なおしゃべりはしないが、時には昔の思い出話を交わしたりする。そういえば…瑛介のお袋さん、瑛介が自衛隊に入ってから、年末に黒豆を持ってきて、息子の近況を話していたなぁ…瑛介のことが自慢で、心配で、そんな感じだったのだろう。山から見下ろす海を見ながら2人で話す。
そして久しぶりに3人で飲むことになった。
近場の居酒屋で、飲み進めるほどに瑛介の態度もほぐれてきて、楽しい酒となった。あの頃の思い出話に花が咲く。盛り上がっていたので、カシを変えて、ボトルを抱え海辺まで出掛ける。飲み直すのだ。思い出話しは続く。あの頃、味もわからず缶ピースを吸っていた。途中で初乃から毛布の差し入れがあり、3人で毛布にくるまってまた飲み続ける。途中で瑛介が1人夜の海にボトルのウイスキーを撒く。おしくらまんじゅう、よくしたよなー、と互いに言い合いながら、そして「やめろよー」と互いに言い合いながら、大人3人でおしくらまんじゅうをやってはしゃぐ。
製炭所の仕事はただ炭を焼くだけではない。できた炭を箱に詰めて卸しに行くのだ。瑛介は、紘のその仕事にも同行した。小型のバンに箱詰めした炭を乗せ、料亭や旅館など、炭を使っている所に納品する。宅配便でいいよ、と言われても、あまりに遠方でない場所にはできるだけ手ずから渡すようにしているのだ。宅配便でいいよ、と言われるのは別の理由があるのだが…。そう、最近はどこも手のかかる炭を使うことは少なくなってきたし、競合も激しい。今日もいつも懇意にしていた料亭の担当から、別の業者を使うことにした、と言われてしまった。
新しいお得意先を探さなくてはいけない。大手の旅館に営業をかける。そこは客の目の前で炭火を起こして焼く炭火焼の宴席をやっているのだ。だが支配人は言う。オタクのは白炭でしょう?白炭は爆ぜることがある。お客の目の前で爆ぜたら大変だ。でもですね、白炭は黒炭よりも遠赤外線効果が高いんですよ…。営業は不発に終わった。
瑛介は家でスカイプを使って時々娘と話しているようだ。心がほぐれてきたのだろうか…。
明は学校の帰りにまたいじめられている。陰湿な上に暴力を伴ういじめだ。たまたま通りかかった瑛介が、彼らの頭上から自転車を投げ落とし、凄む。その場はいじめっ子たちも散り散りになったが、こんなことでいじめが終わるはずもない。悔しくないのか?と瑛介は、明に暴力に対する戦い方の技を教える。自衛隊の実戦で学んできた技だ。
紘は警察から連絡を受けた。明が万引きで補導されたと言うのだ。引き取りに行くが、どうもいじめっ子たちから1人で罪を押し付けられている風だ。明を引き取った帰り道、言い合いになる。明は言う。自分のしたことに後悔はしない。紘に親父ヅラするな、と言いたいのだ。紘は言う。家族を養いたい一心で、お前や他のことに気が回らないんだ。…変なことだけ喋ってしまった…。明は紘から逃げるように1人で走り出す。あれだけ注意されていた靴のかかとをまた踏んでいる。
光彦の中古車屋でトラブルがあった。トラックを買ったチンピラが既に乗り回ったトラックを返品しに来たのだ。使っていないと言い張るが、明らかに使用した跡がある。恐らく違法な産廃を捨てに行くのに使ったのであろう。返品は受けられないと言うものの、クズどもは暴力で応じる。年老いた光彦の父にまで手を出す。
そこに紘と瑛介が乗った営業車が通りかかった。瑛介は車を飛び出すと、チンピラたちに向かって大立ち回りをする。この前明に教えた技も入っている。元自衛官なので、細い身体に似合わずとても強いのだ。だが、段々凶暴になり、歯止めが効かなくなってくる。紘や光彦がもうやめろ!と叫んでも、相手が半殺しの目に遭うまで殴り続けるのだった。
瑛介、どうしたんだ…?!瑛介は言う。北海道でもこんな感じだった。よく分からないんだ、自分が。対して紘は言う。お前のことはお前より俺がよく知っている。瑛介が反駁する。お前らは世間しか知らない。世界を知らないんだ。俺には帰る所なんかなかった。ただそれだけだよ。
その晩、1人で夜の海を見る紘。その父に毛布を持って行く明。
瑛介は話した。海外派遣で体験したことを。ガキが銃を持って撃ってきたら撃ち返すしかない。それが恐かった。
実は中学3年生の途中で紘と瑛介は口をきかなくなった。紘が、息子を自衛隊に行かせる親の気が知れない、と言ったからだ。瑛介が中学を卒業してすぐに自衛隊に入ったのは瑛介の意志であったのだが、まるで瑛介の母を批判しているようにとられたのだろう。
瑛介は1人フェリーに乗る。2人の親友から離れて1人になることを選んだのだ。
瑛介の実家に瑛介が戻って来なくなってからしばらくして、紘は瑛介が漁港にいると聞き、探しに行く。瑛介が個人的に宅配便を出していた相手を伝票で探したところ、そこで瑛介が何故こんな風になってしまったのかが分かったからだ。瑛介は早乙女という男の母親に宛てていつも小包を出していた。早乙女は、ゴツい熊のような外見だったが、中身は「早乙女」そのものだったと、酔った時によく瑛介が話していた。だが、その早乙女は、海外派遣から戻って来た後に自殺してしまった。息子を失った母親に、瑛介はずっと季節の小包を送っていたのだ。コンバット・ストレス…それは、帰国後のことであり、上司であった瑛介の責任ではない。だが瑛介は叫ぶ。早乙女はいつまでもずっと俺の部下だ!
爆ぜる炭火を見つめて紘は呟く。こっちも世界だ。
初乃は同窓会に行くのに久々に町に出るのだ、と言ってウキウキしている。紘はちょっと心配気であるが、とりあえず快く送り出す。だが実は初乃は、この前紘が断られた料亭に行って、再度売り込みをかけていたのだ。客の目の前でなければ、厨房なら白炭も良いのではないか?と、料亭がランチで出すメニューのことも調べてきていた。
明は、いじめっ子たちと対決する。瑛介から教えてもらった技も使うには使ったが、それより何より気力である。気力でいじめっ子たちを痛めつけ、ボロボロになりながらも、ラスボスの例の男子の所に向かって行った。だがラスボスは逃げるわけでもなかったが、戦わない。もういい、と彼は言う。俺は転校してくる前の学校ではお前のようにいじめられていた。そこで身につけたことでこの学校では、こうしていられる。お前はあの頃の俺に似ている…。
製炭所で紘は急に胸が苦しくなって、倒れてしまう。だが、製炭所は1人の世界。すぐに気づく者は誰もいない。
紘は助からなかった。39歳の若さで死んでしまったのだ。
俺が漁港になんか行かないで、あのまま製炭所を手伝っていたら…!と激しく後悔する瑛介。そんなことはない!言うな!と光彦。
初乃は激しく取り乱す。一緒に棺に入るとまで言い出す。明はただ耐える。
雨の降りしきる中での出棺。ふと目をやると、あのいじめっ子のボスがクラスメイトの中ではただ1人弔意を表し棺を見送っている。
瑛介と光彦は、スコップを持って山に分け入る。冒頭の男2人は瑛介と光彦であった。木の根元を掘って箱を取り出す。中学を卒業した時に3人で埋めたのだ。
中に入っていたのは、缶ピース、生徒手帳、卒業式の時に海で撮った写真…あの時お前らどうしようもなかったから、と光彦が(当時仲違いしていた)紘と瑛介の事を指して言う。
あの時、俺らガキでバカだったな。…今も変わらないよ。
これ、元に戻しておこう。まだ続くんだから。
そして2人は別れる。瑛介はバスに乗って。またしばらくは戻って来ないのだろう。
初乃は誰にともなしに呟く。明には高校に行って欲しかったなー。明は中学を卒業して製炭所を継ぐことに決めたのだ。炭火焼小屋に母の手作りの弁当を持ってきた。そして一緒にボクシンググローブを持っている。小屋に備え付けたサンドバッグをたたく。最終的な目標はボクサーになることなのだ。母からボクサーなんて絶対に無理、と言われたのだけれど。いや、言われたからこそチャレンジする価値はある。
Q&Aには阪本順治監督が登壇。
「なんで稲垣クンを殺しちゃったの?!」と言われるんです、すみません〜、と多少おどけながら登場。
最近作った作品は、直前が「エルネスト」その前が「宇宙」だったので、「日本」に戻ってきたという感じです。自分は撮影場所の三重県出身ではないのですが。
稲垣君たちには何も伝えず、配役は6月頃から考えていた。72時間テレビの時はもう脚本が渡っていた。ちょうど「エルネスト」が終わった頃だ。
勝負をかけるのかかけないのかの瀬戸際。意外と男にとっては39歳とはそういう年。やるなら、勝負をかけるならここ。結果ぎ出るのは40歳越えてから。
長谷川博巳は、あの中古車屋でのケンカのアクションシーンの撮影を覚えていないらしい。あのシーンの最後のものすごい形相は、監督に向かっていた。約3ヵ月、あのアクションシーンまで断酒をしていたそうだ。カットがかかった時、あのものすごい形相で、一言も言わず、ぷいっと帰って行った。余程追い込んだんだと思う。
(2018年邦画)