タイトルの「世界の優しき無関心」は、カミュの小説のタイトルの一つである。主役の粗野で田舎者のカザフスタンの男が…その素性からカミュなど読むはずもないと思われていたが…、実は雇われている家のお嬢様の読書に啓発されて読んでいた本のタイトルである。バスターミナルの前でお茶を飲みながらお嬢様に読んだ作家の名前を挙げていくシーンは、色々な点でとても美しい。
そう、とても美しい作品。そして古の感覚が蘇る。お嬢様と使用人の恋という、現代では小説の中でさえあまり見かけないような設定が、美しさを際立たせる。
のどかに咲く白い花の花びらに血が滴り落ちるオープニング。円い藁の束がある牧草地で、若い男2人が格闘している。血は彼らの証跡である。相撲のようなプロレスのような。勝った男は牧草地に置かれた台の上にある懸賞金を持って去る。
男は手にした手札を陽に反射させ、女の顔に光を当てる。女に自分の存在を気づかせようとしているのだ。女は光の反射に気づいて微笑む。
草原の只中に建っている家。殺風景な部屋。瓶の中に入った蝶は、出ることも休むこともできず、ただ瓶の中で羽ばたいている。見知らぬ男たちが荷物を運び出して行く。娘が扉のところで何かにサインをしている間に銃声が響く。父が自殺してしまったのだ。
母は娘に厳しい口調で語る。自分は病気持ちだし、弟には学費が必要だ。父が遺した借金を返すために伯父の世話にならなければならない。娘に伯父の家に行くように迫る。慌ただしい中誰か人がやって来ると、打って変わって泣きじゃくる母。
伯父さんなんて…家族は助け合わなければとか言うけれど。
娘は真っ赤なワンピースと真っ赤なハイヒールに黄色い日傘といういでたちで、伯父のところへ向かう。どこまでも続く草原を歩いて行くのだ。男が送って行く、と後をついていこうとするが、娘は断る。だが、結局夕闇迫る草原を、男は娘を守りつつ、共に歩いて行くことになる。
男の名前はクァンドゥク。娘の名前はサルタナット。クァンドゥクはサルタナットの家の使用人であった。
長いこと歩いた後、バスターミナルの前にある雑貨店でお茶を飲む。クァンドゥクはサルタナットに語る。「聞こえますか?魂が生まれた。」カミュの小説「世界の優しき無関心」の一節だ。サルタナットは驚く。「カミュを読むの?」「なんでも読むさ」そう、クァンドゥクは、サルタナットが読んでいる本を時々こっそり借りては読んでいたのだ。クァンドゥクは欧米の作家の名前を次々と挙げていく。本のことではクァンドゥクとサルタナットの会話も弾むようだ。奇妙なことに、さっきから年老いた店主がじっとこちらを見て身じろぎもしない。店の明かりが点滅して、突然商品が棚から落ちる。切り取られた異空間の魔法を破るかのように。
夜行バスに乗って、翌朝目的のバスターミナルに着いた。バスターミナルには、身なりのいい男が車でサルタナットを迎えに来ている。クァンドゥクは、「友達と一緒に商売を始めるから街へ行くのだ」と言ってサルタナットについて来たものだから、「すぐ友達が迎えに来るから」と言って車に乗らずにそのままバス停に留まる。大きなトラックが止まっている。荷台の幌には「ザムベケの有機野菜」と大きく広告がかかっている。
サルタナットが到着したのは伯父の家だった。伯父は父を亡くしたサルタナットに同情はしているものの、バヤンドゥクの愛人になるよう勧める。バヤンドゥクはとても金持ちなので、借金返済の心配はしなくて済むようになると言うのだ。だが、紹介されたそのバヤンドゥクという男は、脂ぎった中年男で、サルタナットを前にしても携帯ばかりいじっているような感じの悪い男であった。サルタナットは伯父の申し出を辞して家を立ち去った。伯父とバヤンドゥクは顔を見合わせるが、伯父は言うのだ。大丈夫、きっと戻って来る。賢い娘なのだから。
サルタナットが1人でバス停まで戻って来たので、クァンドゥクは驚いた。サルタナットもクァンドゥクが待っていたことに驚いたようだ。友達を待っていたのじゃなかったの?…友達は来なかったんだ。明らかに嘘だとわかる、クァンドゥクの優しさ。
夜の駅に立つクァンドゥクとサルタナット。もう最終の汽車は行ってしまったのかもしれない。駅なんだから、近くに泊まれる場所があるだろう。2人は曇りガラスから外の灯りが漏れ、往来の音が響く安宿に泊まることにする。
サルタナットはクァンドクに出来事を伝える。頼らなければいけない伯父さんだったのに…ハイム伯父さんが言ってきたことは…借金のカタに嫌な感じの高利貸と結婚しなければならないというの?ごめんなさい、私には無理。
借金を返すには、働かなくてはならない。だが、サルタナットは父の仕事を手伝うために、大学卒業後どこにも就職せずにに家にいた。サルタナットは言う。私は医学部を出て英語もできる。タイピングも。でも経験が無い…。
彼女の顔をスケッチするクァンドク。
翌日から二人は働き始めた。クァンドクは荷役の仕事を手に入れる。サルタナットは掃除婦の仕事を。慣れない仕事にサルタナットは疲れていた。借金の督促の電話もかかってくる。サルタナットはクァンドクに言う。あなたには簡単、飾りのない人だから。でも私には無理。愚かなのね。これが現実。
クァンドクが働いている荷役の仕事は、アマンという荷役に、倉庫でたむろしていた男たちよりも自分の方が速く荷を運べるとアピールして手に入れた仕事であった。働き者で誠実なクァンドクはアマンに一目置かれ、更には意気投合するようになる。
ある日、他の荷役グループと、荷運びの順番でトラブルになる。人がいいアマンが率いるグループは、いつも荷運びの順番が最後の方で、もうその頃にはトラックの中にはくず野菜しか残っていないのだ。クァンドクはこれに怒って、今日こそは先にトラックの荷を降ろそうと真っ先に荷台に駆けつけるが、他のグループたちから絡まれる。殴られ追い掛けられ…だが腕自慢のクァンドクが、敵対グループをぶちのめし、初めて良い荷にありつくことができた。そしてそれは今後もそうなるということを意味していた。この出来事を通じて、クァンドクは大元締めのザムベケ…例の、「有機野菜はザムベケ」のザムベケだ…にも目をかけられることになるからだ。
ザムベケの所に呼ばれるクァンドゥク。だが自分を安く売ったりはしない。というものの、もうザムベケの一味と認定されたようだ。男の意気をぷんぷん感じさせるクァンドゥク。敵対グループの持つ倉庫にガソリンを撒いて火をつける。
ある天気の良い日。クァンドゥクはサルタナットを誘う。パリの展覧会に招待すると言って。椅子を2つ戸外に出して飛行機ごっこ。世界中の様々な国に連れて行くのだ。表の壁に一面に描かれた絵はもちろんクァンドゥクの作である。世界中の様々な国が描かれている。この絵を巡って世界一周をするのだ。サルタナットも楽しそう。絵はどれも力作揃い。だが、この世にある最上の絵、それは彼女を描いた絵。赤いドレスに黄色い日傘の女が太陽に向かって手を伸ばしている絵だ。
サルタナットは久し振りに実家に戻った。実家の小屋の前に置いてある干し草の上で、警官2人が昼寝をしている。そして休憩が終わったということで、パトカーに乗り込む。そのパトカーには、母がいた。母はパトカーに乗せられて連れて行かれたのだ。恐らく借金が返せなかったからであろう。サルタナットは衝撃を受ける。
クァンドクは倉庫への放火のことをザムベケの一味から咎められる。お前がやったのではないか?と言うのだ。ザムベケの所へ連れて行かれてザムベケと話すことになる。ザムベケはクァンドクに言った。アマンがガソリンの缶を持っていたと証言しろ、と。そうすればお前を総支配人にしてやる。
一方サルタナットは、つまらないものを万引きしてわざと刑務所に入る。母に会うためだ。刑務所の母の房に入ってみると、母はもう正気を失ったような体であった。ひどく怯え、床に落ちているただの石ころをネズミだと主張するのだ。母を慰めてから房を出たサルタナットであったが、こんな場所に母をいつまでもいさせられない、と強く思う。房の外にいた弁護士に言われる。保釈には金が要る。1万4千5百なら保釈できる、と。
サルタナットは伯父を再訪して金を工面しようと決意する。それは即ちあの嫌な男バヤンドゥクの愛人になるということなのだ。
伯父の所では、伯父とバヤンドゥクが顔を見合わせていた。やはり戻ってきたか。バヤンドゥクはサルタナットに甘言を呈する。君は賢い。共同経営者になろう。友人として君には触れないよ(だがそんなはずはないのであるが)。
サルタナットはクァンドクにしばらくの別れを告げる。伯父さんと暮らすわ。じきに帰ってくる。あなたはもう身を持ち崩さないで。
クァンドクはサルタナットに訴える。私は最上のものを知っている。それはあなただ。行ってしまえばあなたは帰ってこない。他の人と同じに。
だがサルタナットはバヤンドゥクの所に行ってしまった。残されたクァンドクの所にザムベケからの使いが警官を伴ってやってくる。例の倉庫の火災でアマンを犯人に仕立て上げるためだ。クァンドクは警官が持ってきた書類にサインをした。アマンを売ってしまったのだ。
アマン…彼はクァンドクに、雇い主と配下という関係以上に、良き仲間としての感情を抱いていた。自宅に招待するというのだ。アマンを裏切ってしまったクァンドクはそんな気持ちになれないので固辞するが、アマンは引かず、山道を越えていった場所にある貧しい自宅にクァンドクを連れて行く。妻と少し頭の弱い一人娘。決して豪勢とはいえないが、心のこもった食事でクァンドクを歓待してくれる。
食事をとりながら、クァンドゥクはアマンに語る。愛は永遠だ。だが、その愛ゆえに、クァンドゥクは汚れ仕事まで引き受けるような男になってしまったのだ。
食事の日の後、アマンは放火の罪で警察に連行される。その時のアマンの表情!クァンドゥクをじっと見つめるその表情が視界に入らぬようにクァンドゥクは背を向ける。
サルタナットはバヤンドゥクの愛人生活を送っていた。だが、ある日ホテルの一室でバヤンドゥクは告白した。実は結婚していて妻がいる。君とは結婚できないのだ。
結局サルタナットは別の男に売られることになる。今度の男も金持ちなのは間違いない。だが、やはりバヤンドゥクと同じように、愛を感じられない中年男であった。
ある日、屋外で古典芸能の上演があり、サルタナットは中年男と、クァンドゥクはザムベケの用心棒として場を同じくする。2人は期せずして再会したのだ。だが、それぞれ別の立場である。サルタナットは愛人生活を始めて以来、あの美しい赤いワンピースではなく、黒いワンピースを身につけている。
サルタナットとクァンドゥクは話をする。母の話、窓の話。連中はあなたを決して離さない。借金は永遠になくならない。
クァンドゥクは、ザムベケからの報酬を、いまや主のいないアマンの家に届けに行く。あの時にもいた少し頭の弱い娘がそれを受け取って微笑む。
それは餞別であったのだろうか…?
クァンドゥクとサルタナットは、人気のない事務所に押し入る。あの金持ちの事務所である。サルタナットの借用書を探していたのか、金そのものを探していたのかはわからない。首尾は上手くいくように思えたが、予想外なことにふらっと警備員がやって来て、慌てて逃げる始末となった。しかし、駆け降りようとした階段を、伯父、バヤンドゥク、ザムベケ達が昇ってきた。彼らが事務所に行くための偶然とはいえ、ここで会ったが100年目…いや、もうそれしか選択肢がないのである。クァンドゥクは警備員から奪った銃で彼らを撃ち殺し、サルタナットの手を引いて逃げる。
束の間の逃避行。クァンドゥクとサルタナットは1本の大きな樹の下で休息をとる。何を話して何を見たのか?2人を発見した射殺隊によって永遠に命が絶たれる。だが今度こそ2人は永遠に共にいられることになったのだ。