コンペティション作品。中国映画。本作は、ドン・ユエ監督が最優秀芸術貢献賞を、主演のドアン・イーホンが最優秀男優賞を受賞。文句なし!!
テーマもいい。混沌の中に加速度的に入って行く現代中国社会を描く。正に迫り来る嵐。その迫り来る嵐の中で、主人公の余(ユイ・グオウェイ)(ドアン・イーホン)が翻弄される様が切ない。骨太サスペンスではあるのだが、同時に哀しい滑稽さも溢れている。
冒頭、どこかの刑務所からの出所風景。うだつの上がらない風貌の男が名前を確認されている。名字を聞かれて彼は答える。「余です。字は余分の余。」
1997年。郊外の大規模工場地。ユイ・グォウエイはその工場の内部警備を担当していたが、工場の敷地内で殺人事件が頻発するに当たって、刑事の真似事を始めるようになる。これまでも、工場内の泥棒は必ず見つけて来た。通称ユイ探偵。
また敷地内で殺人事件が起こった。これで3人目だ。被害者は女。上着は捲られ下半身は裸、正面に浅い刺し傷。死因は頚動脈からの失血死。これまでと全く同じ手口だ。
殺人現場は本来であれば本職の警察官しか立ち入れないはずであるが、ユイには関係ない。地元の警察組織には顔が効くし、何より自分は捜査が天職であるのだ。被害者は殴られて運ばれたらしい。どうやって?方法はある。自転車でも運べる。と言って、工場の後輩リウを使って勝手に現場を再現し始めた。そう、そして犯人は達成感を味わいに、再び現場に戻って来るだろう。
ユイは独断で捜査を開始する。怪しい男の情報を得るため、とある広場へと向かう。この事件に興味を持っているらしいある工場の暇人から、女を触れる広場がある、という情報を得たのだ。もしかしたら犯人はその広場で目ぼしい女を物色しているのかもしれない。
広場で手持ち無沙汰の1人の女に出会った。ちょっとナンパ待ちしているかのような雰囲気だ。ユイは彼女に声をかけ、怪しい男から誘われたりしたことがないかどうか尋ねる。そういえば…と彼女は言う。特に何をするわけじゃないけど、じっとこっちを伺っている男がいたわ。いつもいつもよ。ユイは、その男が現れたら連絡が欲しいと、彼女に連絡先を渡す。
工場で工員表彰式が開催された。工場の警備担当としてユイ・グォウエイも表彰される。彼は壇上に上がり、誇らしく演説をする。
一層張り切って捜査にのめり込むユイ。彼は工場の入り口に立ち、通勤する工場の人々を監視する。悪い奴は、やましい態度を取るに違いない。ここで見張っていれば、怪しい男を見つけることができるだろうから。そんなユイに人はよく尋ねるのだ。公安に昇職しないのか?お前なら受かるのでは?ユイもまんざらではない。もちろん、公安になれればそれに越したことはない。だが、公安の試験は物凄く難しいというし、コネも学歴もない自分が果たして合格できるだろうか?
そうこうする内に4回目の事件が起こった。被害者はみんなこの辺に住んでいた。警察は辺りを張り込むようになった。
ユイには心を許した警部がいた。警部の方もユイに対しては何かと面倒を見ていた。捜査の最中にユイがやって来ても邪魔にすることはあまりなかった。しかし、あまりにユイがのめり込んでいき、かなりの範囲で独断で行動するのを見て、遂に「自分が何者かよくわきまえろ!」と一喝することになる。
だがそんなことでメゲるユイではない。それに工場内ではユイの信頼は厚いのだ。例えばついこの前も、窃盗犯を捕まえた。ユイは、殺人現場で証拠品とおぼされるものをわざと落とし、それを写真に撮って工場の入り口に掲示する。身に覚えのある者が見たら挙動に現れるとふんだからだ。リウと一緒に3日間工場の入り口を張り込む。多くの工員が掲示された写真を素通りしていくが、3日目、1人の男がその掲示を凝視していることを発見した。慌てて張り込みの車を降りたユイとリウ。男が逃げたので追いかけた。大捕り物劇の始まりである。広い工場の敷地を男は逃げ回る。追いかけるユイとリウ。逃げる男。捕まえたと思ったら、格闘になり、お互いに痛手を負う。入り組んだ工場の中でも追いつ追われつは続いた。リウは工場の骨組みから落ちて頭を強打してしまう。リウを介抱するためにその場へ駆けつけるユイだったがそうしている間に男はどんどん遠くへ逃げようとする。ユイはリウを置いて男の後を追う。だが、男は幹線道路まで逃げ出てしまい、そこから行方が判らなくなってしまった。ユイは犯人を取り逃がしたのだ。
帰りの車の中で、リウの具合が急におかしくなる。さっき頭を打った時の怪我は、軽いものではなかったのだ。リウは朦朧とした口調でユイに告白する。実はこの前捕まえた窃盗犯、あいつらから自分は金をキックバックされていたのだと。リウを病院へ連れて行くが、リウは脳出血で死んでしまう。もう少し早く運んで来てくれれば…と医者に言われて、ユイは返す言葉もない。
「歌舞伎城」と大きく書いてあるネオンが照らす場末の部屋。ここに女が1人住んでいた。水商売に勤めている。夢は美容師だけれど…。ユイは彼女の部屋に足繁く通っていた。恋人なのである。
ユイは彼女イェンズに居抜きで美容室を借りてあげた。湖南省の中でも場所としてとても良い立地である。香港に旅立つ人々が立ち寄る場所だから。
湖南省は雨の多い地域である。ユイが刑事気取りで捜査をしている時も雨が多かった。リウへの悔恨も胸に残し、だがユイはまだあの連続殺人犯を突き止めることを諦めてはいない。
店は立地は良いけれど、客足はまばらだ。だが、夢であった店を持てて、イェンズは幸せそうだ。ユイもそんな彼女を見ているのが楽しい。しかし、ユイにはもう一つの目的があった。あの連続殺人犯は、1人で生計を立てている女を狙う傾向にあった。男のことを考えると、床屋に来るのは日常的に自然なことだ。自分の彼女の店に通って来ることも考えられはしまいか?
肚にいちもつなど無いかのようにイェンズに対して振る舞うユイ。幸せな日常であった。だが、不況の波がここ湖南省にも押し寄せ、ユイは工場を解雇されてしまう。自分では内部警備の仕事は重要な仕事であり、工場にとって必要不可欠な人材であると自負していたユイにとってはショックな出来事であった。日中暇になったユイは益々足繁くイェンズの店に顔を出す。もちろん商売の邪魔になってはいけないので、向かい側の飲食店の窓際の席を拠点として、日がな一日美容室を見やる。イェンズのことは気になるのだが、それ以上に、怪しい男が店を訪れるのではないか?と見張っていたのだ。
そうする内に、前に目星をつけていた、犯人なのではないか?とユイが思っていた男が、イェンズの店に通うようになった。辛抱強く内偵を続けるユイ。一方で、ユイの行動を不審に思ったイェンズは、ユイの鞄の中から、ユイが私的に付けていた「捜査日誌」を見つけてそれを読んでしまう。つまり、自分は囮にされていたということなのか?!
イェンズは、もうユイの愛が信じられない。跨線橋の上で話し合うユイとイェンズ。たがもう愛は終わったのだ。イェンズはユイの元を想像外の形で去る。
ユイは暴走する。イェンズの店に通っていた、怪しいと思った男を拉致する。殺害現場に連れて行き、暴行を加える。それはまるで私怨を晴らすかのようだ。相手は重傷を負い、助かったとしても重体の状態が続くようなことになってしまった。ユイは逮捕される。
時は過ぎ、2008年。100年に一度の寒波と言われている年であった。
ユイは出所し、昔の警部の元を訪ねる。元警部は、2年前に倒れて今は車椅子の身、意思の疎通もできない。ただ、警部の昔書いた手紙がユイに託されていた。
そこには愕然とした事実が書かれていた。ユイがあの時追いかけて、幹線道路で逃してしまった男が、本当に犯人だったということ。しかし、その男は追いかけられて幹線道路に出た瞬間、車にはねられ、更にその後対向車にもはねられて絶命したのだというのだ。
ユイはあの捕り物劇の後も、ずっとずっと、幻を追っていたのだ。
時代は移り変わる。工場は壊されてショッピングセンターになるのだという。ユイは廃墟を見に行く。懐かしい、だがもはや誰もいない廃墟と化した工場跡地。講堂があった場所に行くと年老いた管理人が犬に餌を与えていた。関係者以外は出て行ってくれ、と言われたユイは、自分はこの工場に勤めていたのだ、と話をする。管理人はユイには無関心である。1997年に表彰された、と言ってみるが、管理人は答える。その年に表彰はなかった。それにそもそも保安課の人間は表彰されない。
Q&Aは、監督のドン・ユエと、主演のドアン・イーホンが登壇。
ドン・ユエにとっては初めての長編作品である。1本目の長編はどうしようか、とずっと考えていた。そんな中、2013年に1990年代の中国に関わることに偶然出会った。1990年末頃は、中国にとって特別な時期で、社会主義からの転換期であった。殺人事件など、様々な大きな事件が起きた時期だった。だがそれは、社会的な変化を背景にしていた。
主演のドアン・イーホンは、クランクインの10日前位から大きな工場の中に入り、保安課の実際の活動を体験した。今までの自分の演技経験を取っ払ってやることが大切だと思う。
湖南省は雨が多い所。だいたい冬場はあのような雨が降っている。雪は、労働模範の表彰式典で舞う偽雪と、最後のシーンの本物の雪とがあるが、まず1997年というのは社会のメカニズムの変化が前後で起きる中国にとって大きな変革の年であった。自分の運命はどうなるのか?という不安な心情を偽雪は表している。2008年は、実際に大きな自然災害が起こっており、それがラストの大雪に繋がっていく雪なのである。
本当に素晴らしい作品だった。これは観た甲斐があったと言える。それにまず主役のドアン・イーホンがカッコいい!真面目な映画祭に不謹慎な…と言われるかもしれないが、いい男が出る作品はそれだけでもだいぶ素敵なのは否定できない。そのカッコいいドアン・イーホンが、冴えない下層労働者を演じるのだが、この常に自己中で空回りしている役柄を見事に演じていた。
変革と改革。その急速な流れに翻弄されるユイの切なさが染み渡る。降りしきる雨が更に心の憂鬱とシンクロしていく。なす術もなく、嵐に巻き込まれていくその前夜。心に残る作品であった。

(2017年アジア映画)