
ポッシュ(上流階級)のいぢわるなお兄さん達のオハナシ。「鼻持ちならない」とか「いけすかない」とか「すねかじり」とかその他諸々の悪口を言い連ねたい時に、そうか、これからは「ポッシュの」とか「ライオット・クラブみたいな」と言えばいいんだ!一言で済むんだ!と、参考になりましたです。

歴史あるオックスフォード大学では、その昔、恋に生きて剣に死んだライオット卿という人物がいて、彼の死に際し、仲間たちがその功績(?)を讃え、「ライオット(暴徒)クラブ」なる秘密結社を組織した。ライオット卿さながらに、はちゃめちゃに人生を楽しむ会である。以来数百年の間、ライオット・クラブは連綿と続いて来ており、出身者は各界の要職に就くなど、何かと特別感を醸し出す、一部のスノッブな人々には羨望の的の組織なのであった。
そして、時は現代。名門オックスフォード大学に、今尚ライオット・クラブは存在していた。1年間の会員は10名限定。今年、卒業した2人の代わりに新入生から新人を入会させなければならないのだが、ただ闇雲に公募する訳にはいかない。何故ならこれは、選ばれし者たちが集うフリーメーソンなのだから。血筋、家柄、財産…出身高校のランクに至るまで吟味が重ねられる。「入りたい」と希望して入れるものなどではない。これに選ばれるという事はエリート中のエリート。そして候補者にピックアップされた者たちにも、ライオット・クラブのメンバーに相応しいかどうかの様々な種類の無謀な試験が課せられる。その選抜方法、合格通知方法、入会の儀式、全て奇抜で過激な内容。しかし入会を許されれば未来への扉が開けたと言ってもいい。それに何より、ライオット・クラブでの「お遊び」は、常軌を逸した面白さなのだ。

マイルズ(マックス・アイアンズ)とアステリア(サム・クラフリン)は、同じオックスフォード大学の新入生。最初の出会い(部屋の交換)からしてあまり相性の良い出会い方ではなかったが、期せずして共にライオット・クラブの新入会員に選ばれる。人生や恋愛に対するスタンスが全く違う二人。いや、勿論ライオット・クラブのメンバーは10人が10人とも同じ嗜好のはずがない。選ばれしエリート街道をまっしぐらに爆走し続けようと企む心持ちは同じなので、その点では一致団結して狂ったように盛り上がるのだが、根底では互いを牽制し合っていた。

やがて、田舎のパブ(地元の店は出禁で全滅)で新体制のライオット・クラブの会合が行われるが、それは選民主義・カネの力をかさにきた、乱痴気騒ぎ。いや、乱痴気騒ぎなどという生易しいものではないやりたい放題の所業であった。そして、彼らはとんでもない行為に及ぶ…。

えーと、私の解釈が間違っていなければ、欧州系のいわゆる上流階級は、単に頭がいいだけじゃダメなんだよね?家柄その他諸々が整っていないと、いくらオックスフォード大学出たってダメってことでしょう?だから、逆に言うとオックスフォード大学に入れば無敵な訳だ。それにかさをきて、傍若無人に振る舞い、狼藉の限りを尽くす、ポッシュな奴らなんだけど…
はっきり言ってカッコ悪いよねー。「ライオット・クラブ」の10人が全員イケメンじゃなかったから文句言ってる訳じゃないよ。いやホント、誓って。けれど一方で、この作品が単なる「ポッシュな」作品ではなくそこそこ面白かったのは確かである。「美しく 気高く 腐った 男たち」とチラシのコピーに書いてあったが、高潔なことと位が高いということがシンクロしていないのが面白い。伝統の中選ばれしフリーメーソンのメンバーなら、かなりな高いポジショニングのはずなのに、本来なら備われ得るべき高潔さが1ミリもなくって「腐った男たち」になってしまっている。それを皮肉な目で見つつ、最後の方では「甘いな…」と呟く、「何様目線」で観るのが相応しい作品だと思う。
監督は「17歳の肖像」の女性監督ロネ・シェルフィグ。

(2016年に観た洋画)
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