
これが現代の「戦争」である。エアコンの効いたコンテナの中で、桿を握り発射ボタンを押す。命中すれば「グッド・キル」と呟き、車を走らせ家族の待つ自宅に戻る。だが、「戦争」である事に変わりはない。コンテナの扉には「ここから合衆国外」とコーションが付いている。そこは領空外なのである。
入隊する若者の半数はゲームセンターでスカウトされた。遠い異国を旋回するドローンを操るのに体力や根性は必要ない。ただ、技術のみ。しかし、恐らくは大いなる精神力も…。

トミー・イーガン(イーサン・ホーク)は空軍パイロットとしてイラクに派兵された事が何度もある。今彼は爆撃専用無人飛行機ドローンを操り、ラスベガスの外れの基地からイラクを攻撃している。
同僚は言う。こんなにいい環境はない。自らの生命の危険もなく、毎日家族に会える。妻の浮気を心配する必要もない。しかし、トミーはかつて飛んでいた空への憧れを捨てる事ができない。実際に敵地で飛びたい。本物の操縦桿を握りたい。異動願いを出し続けるものの、昇進と秤にかけられる事も加わって叶わずにいる。

仕事の大半は画面上での敵地の監視である。そして武装勢力を見かけたらドローンの発射ボタンを押して爆撃する。民間人を殺傷するのはご法度である。チーム内では操縦士、副操縦士などの役割に分かれ、上官(ブルース・グリーンウッド)の下、4人一組のチームプレイで進行していく。発射ボタンを押すのはトミーであるが、トミーのみが敵を殺すのではない。感じる痛みは最小限の筈の、安全な戦地であった。
だが、同僚の言葉とは裏腹に、このラスベガスの地はトミーにとってはある種の地獄であった。飛びたい。再び空を飛びたい。リアルに戦いを感じたい。そんな渇望と、実際に人を殺めているのにその実感のない有り様。更に、この任務の内容は家族にさえ伝えられない。元々無口な彼は日を追うごとに更に無口になっていく。妻との間も上手く行かなくなっていく。そう、むしろ戦地に赴いていた時よりも。
そして「事務屋」CIAより下ってきた極秘任務につくようになり、彼の崩壊は加速していく…。

「事務屋」が遠く離れた地で好き勝手に命令を下すように、畢竟、戦争というものは、為政者が実態を見ずに指揮をとるものなのだろう。古代・中世の戦争ならまだしも、大将が直接前線に晒されることはない。それは近代の戦争から変わらない。その点からだけ見れば、一兵卒さえ戦地に赴くことなくドローンによって攻撃を仕掛ける。正にこれが現代の戦争だ。

9.11.の時、まだ私の息子は生まれていなかった。今、彼らは息をするようにゲーム機を操り、誰の説明も受けずにスマホの機能を駆使する。そんな世代がバーチャルな(実際にはリアルなのだが)戦地に、コンテナに赴く日が来ないと言い切れようか?
その内、爆撃専用ドローンを攻撃するための対空ドローンが現れ、その対空ドローンを攻撃するドローンが…という展開になっていくのだろうか。人の心を置き去りにするかのような流れの中で、やはり肝心なのは人間らしい感情と、理性と知性なのである。しかし、ラストでトミーが行った行為は辛うじてトミーの心を救い、観客は多少なりとも溜飲を下げたのかもしれないが、それは違うと思う。何故なら人は神ではないのだから。
(2015年に観た洋画)
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-24782828"
hx-vals='{"url":"https:\/\/tokokonats.exblog.jp\/24782828\/","__csrf_value":"a79235116674c0084e5fe746ee047231dcae6d2a7ed344cad374d57464fb8c42319cf49200edef03c213a22822cf48a4c2db540d172a5fbfbea8584c3406f9f9"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">